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学術
「脱成長コミュニズム」は可能か?
書籍・作品名 : 人新世の「資本論」
著者・制作者名 : 斎藤幸平  
三西一幸   71才   男性   





 本書は、社会科学系の本としては近年稀に見る快挙であり、「人新世」や『資本論』ブームが到来したかのように思われる。ここでは、本書の形式と内容について三点にしぼりながら個別のコメントをしてみたい。すなわち、
①先行研究の扱い方 ②現状分析の方法 ③将来展望の仕方 
という論点に絞ると、本書がもつ特徴として、8点に関わる社会科学上の問題が読み取れる。
(1)時代の大きな流れを批判する際に、特定地域の一事例を対置したり、一自治体の試みを紹介して、広がるだろうと希望的な推論を示すことは、どこまで有効なのか。
(2)グローバル・サウス(GS)が「グローバル化によって被害を受ける領域ならびにその住民を指す」(本書:24)という定義は役に立ったか。中国の位置づけが皆無なのはどのような理由か。また、GSは一枚岩なのか。
(3)帝国的生活様式とは「グローバル・ノースにおける大量生産・大量消費型の社会」(本書:28)でいいか。同じくグローバル・ノース(GN)は一枚岩か。
(4)なぜマルクス晩期思想を聖典扱いするのか。
(5)気候変動を人間活動で左右できないし、それは自然への冒涜であるという懐疑派(skeptic)の業績は完全に無視できるのか。たとえば、赤祖父(2008)では、一八〇〇年ころからの地球温暖化のうち、六分の五は自然変動、六分の一が人類活動からの二酸化炭素による影響だと細かく述べられている。
(6)肝心なところでGSにおける「生活の質」の低下をなげくが、最後まで独自の定義を行わず、データも示さずに使用したのはなぜか。たとえば「ブエンビビール」(良く生きる)の価値観の事例として、ブータンの「国民総福祉量」(GNH)が好意的に紹介されている。しかし国連の「人間開発指標」(HDI)で必ず含められる客観指標である「識字率」を使えば、世界の208の国と地域のなかで、ブータンの識字率は52.8%で202位となっている。これとGNHとの関連をどう説明するか。ちなみにキューバ、日本、アメリカでは99%を超えた(識字率の年次はブータン2005年、キューバ2011年、日本2002年、アメリカ2003年。データはThe World Rankings 世界ランキング 国際統計格付センターより)。
(7)斎藤マジックの一つに先行研究とは異なる独自の翻訳用語がある。それは『資本論』第1巻の末尾の有名な「最後の鐘」を含む文章である。具体的に示そう。生前のマルクスが手を入れた最終版である『フランス語版資本論』(ラシャトル版)では、その箇所は「資本主義的所有の最後の鐘が鳴る。今度は収奪者が収奪される。・・・・・・この否定の否定は、労働者の私的所有を再建するのではなく、資本主義時代の獲得物にもとづく、すなわち、協業と土地を含めたあらゆる生産手段の共同占有とにもとづく、労働者の個別的所有を、再建する」(江夏・上杉訳、1979:457)と訳された。
また、ドイツ語版からの最新の新日本出版社版でも、「資本主義的私的所有の弔鐘が鳴る。収奪者が収奪される。・・・・・・この否定は、私的所有を再建するわけではないが、しかし、資本主義時代の成果-すなわち、協業と、土地の共同占有ならびに労働そのものによって生産された生産手段の共同占有-を基礎とする個別的所有を再建する」(新日本出版社、2020:1332)。
(8)ところが斎藤氏の場合は、「この否定の否定は、生産者の私的所有を再建することはせず、資本主義時代の成果を基礎とする個人的所有をつくりだす。すなわち、協業と、地球と労働によって生産された生産手段をコモンとして占有することを基礎とする個人的所有をつくりだす」(本書:143)とされている。
 社会科学の標準的文献研究であれば、独自の訳は当然としても、それまでの先行研究成果への言及は当然ながら責務として筆者には課せられるものである。しかも、第1巻の末尾に置かれたこの文章の直前まで、マルクスは「資本の蓄積」と「本源的蓄積過程」を詳しく論じてきたのである。だから、公刊されてきた『資本論』第1巻を素直に読めば、「地球」ではなく「土地」のほうが納得しやすいし、「コモン」ではなく、「共同占有」が文脈に合致する。
ただし、新書版にこれだけの独創的内容を盛り込んだ斎藤氏の筆力には感動したことを付加しておこう。

赤祖父俊一『正しく知る地球温暖化』誠文堂新光社、2008
マルクス・江夏美千穂・上杉聴彦訳『フランス語版資本論』(上下)法政大学出版局、1979
マルクス・日本共産党中央委員会社会科学研究所 (監修)『資本論』(1-13巻)新日本出版社、2020







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