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文学
女が乗り越えられない屹立した男性像
書籍・作品名 : ロンリー・ウーマン
著者・制作者名 : 高橋たか子 集英社 1977年  
三好常雄(すすむA)   61才   男性   





連作短編集である。ウイリアム・フォークナーの『行け、モーゼGo down Noses』(1942年)、有吉佐和子『青い壺』(1977年)などが有名だが、本書は作品間の結びつきが非常に緩いことが特徴だ。関係ではなく心理を優先する連作である。

テーマははっきりしている。女に期待される「従順な」生き方をしようとして、それに耐えきれず「狂気」に向かってしまう女たちの生き様である。しかし私には、その陰に女たちがどうやっても乗り越えられない男の「屹立」が描かれていると感じる。

最初の主人公は山川咲子。ある夜近くの小学校の体育館で放火による火災が発生する。警察に出頭し、自宅に来たことがある刑事に「犯人は私だ」という寸前まで行く。隣家の老婆が飼っている九官鳥が、老婆が教えた「火をつけたのは私です」と叫んでいる。(「ロンリーウーマン」)。

咲子の隣家に住む義母を耀子が訪ねる。10か月前に夫を亡くした。8歳年長の非の打ちどころない夫だった。耀子は度々夫が知らない女と食卓を囲んでいる夢を見る。その女をどこかで見たことがある。1年程前、生前の夫と行ったデパートのネクタイ売り場の女店員だ。ぴったりのネクタイを一発で選び出した店員と夫との親密な会話。だが名前を知らないので探し出せない(「お告げ」)。

野沢伊知子は、耀子が尋ねたデパート店員である。28歳、勤務歴4年。万引きした女児を警備室に連れ込む。腹が痛むという子供と企業医が交わす男女の視線を見る。少女は吉村るりこと名乗り、マンモス団地の「吉村」と表札のある鍵のないドアを開けて入って行った。帰郷途上の列車の中で伊知子は9歳くらいの男児と1時間以上も目だけで会話する。狡猾で猥褻な視線(「狐火」)。

耀子の義姉春代の話。ある夕春代は大学時代の友人と出会い、耀子の元恋人がニューヨークから外務省に戻ってきたと聞かされる。春代はこの男からの完璧な性の悦楽と完璧な侮蔑の間で引き裂かれていた。彼が外交官試験に合格すると、春代は見合い話に無条件で応じた。それから14、5年。美貌だけに惚れ込んで結婚したと言う、実務的で慣の鈍い男とそれなりの道を築いてきた。その道が突然「吊橋」なる。もし夫に何かあれば、自分は男に向かって「熱い奔流となって崩れて行くに違いなかった」から。ある日曜の朝刊に男が投身自殺したという記事が出る。知らないはずの夫は、「自殺した男のところへ行かなくてもいいのかい」と言う(「吊橋」)。

吉村るみこの話。71歳の老婆の方である。背後で投身自殺の鈍い音を聞くが、関わりないとして歩き続ける。彼女が男の自殺を見たのは2回。るみこの心残りはこれとは違う。30年も昔、引揚げの途上、預かってくれと頼まれた旅行鞄を盗まれてしまったこと。帰ってきた男が「あ、―」と悲痛な声を上げた後、奇妙な明るさに戻って、「いいんですよ、私はなにも持っていなかったのですから、結局のところ、これでいいんです」と言ったことだ。今日友人を見舞った病院で、その男の名を小耳にはさんだ。売店で花を買い、訪ねて行く途中救急車がくる。るみこの前でストレッチャーが傾き、ハンドバックが落ちた。口が開いて落ちた小物を拾っている中に「遺書」と書かれた便箋がある。るみこは遺書に「結局は、これでいいのです」と書かれているような気がする。看護師たちが、「助からない」というのと、「山川咲子か…いい名前ね」とつぶやく話がする(「不思議な縁」)。

長い要約は連作のつながり様と、登場する女たちの心の在り方の具体例を示すに不可欠だった。最初に述べたように、世間に波風を立てないように生きなければ、と矩を立て、それでも尚そこからはみ出でざるを得ない女たちの深層心理を暴く傑作シリーズである。と同時に、女たちがどうやっても乗り超えられない対象としての男たちのありようも描かれていると感じる。それは男根所有の男たちの確固とした存在感だ。山川咲子は刑事の男らしい執念に惹かれ、私が犯人だと名乗り出しそうだったし、耀子は「非の打ちどころない」亡夫のしたり顔の裏に、隠ぺいの巧みさを痛感させられる。野沢伊知子は9歳の男児に「男」を味わう。春代もそうだ。死ぬまで自分を無視する元恋人。自分の美貌だけに惚れて、自分の内面などは探りもしない鈍感な男と軽蔑してきた夫は、実は何もかも知りつつ、長い間伏せてきたのだった。最後の吉村るみこ、71歳の彼女は、長い人生の中で幾多の男との関係を振り切ってきたに違いない。だが、どうしても振り切れない男がいる。非常時の中で「私はなにも持っていなかったのですから、結局のところ、これでいいんです」とさっぱりした明るさで応じる男を、るみこは女を凌駕する男として忘れられないのである。結局作家の言いたかったのは、この世に屹立する侮れない男の存在だと、強く思う。






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