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思想
「本郷イズム」満載の新歴史解析書
書籍・作品名 : 北条氏の時代
著者・制作者名 : 本郷和人 文春新書 2021  
三好常雄(すすむA)   61才   男性   





大ファンの本郷和人氏の著作である。今回も本郷イズム満載の著述にしびれた。本郷イズムとは、歴史を縦につなげて行くこと。「Aと言う史実があり、その後にCと言う史実があって、中途のBが抜けている場合、そこは判らないというのが、歴史家の態度かもしれないが、それでは歴史は動かない。その隙間を前後の史実から推定し、最も妥当と思われるストーリーに組み上げてゆく」という本郷氏の立場だ。本郷本には歴史が立ち上ってくる気配がある。

本郷氏のもう一つの魅力はトリビア満載なところだ。本書で一番面白かったのは、謡曲『鉢の木』の佐野源左衛門常世の話である。時頼が出家後水戸黄門よろしく全国を行脚した史実はないと断言する一方で、佐野左衛門入道なる人物が「平禅門の乱」で平頼綱と共に自害したという記述があり、彼が佐野源左衛門常世でないかと推定する。源左衛門が地つなぎの安達家に詐取された佐野(栃木県佐野市)の土地を時頼によって返還された恩義から、忠実な得宗御内人となって綱頼とつながり、綱頼の横線に怒った貞時によってともども消されたのではないかと言う。「いざ鎌倉!」で有名な『鉢の木』に近いことがあったならロマンだ。

エピソードの発掘だけでなく、本郷氏は明晰な筆使いで、通説を覆してゆく。義時を冷酷と決めつけ、牧氏の乱は父時政追放のための陰謀。京に傾き、御家人と執権による政治に不要となった実朝と、最側近中原仲章の暗殺にも、強く犯人義時を示唆する。畠山事件で一気に評判を得た義時の深謀を読む書き方である

もう一つ、元と戦った時宗についても「暗愚」執権だったとする。「名君」とするのは皇国史観の残渣であり、事実は国難に対して外交努力を放棄し、いざ戦となっても、鎌倉に留まって戦局に無関心だったとか。時宗は得宗家が育てた初の「サブレッド」であり、能力よりも血筋、つまり「偉いから偉いんだ」としか形容しようのない人物だったと手厳しい。将軍宗尊親王の追放も得宗の力を誇示するためだけに起こしたらしいなど、凡庸な時宗の気質の推察にも理がある。

それにしても印象深いのは殺略の歴史だ。最初は有力御家人間の覇権争い。そのすべてに北条が絡んだ。生き残った北条家が次にやるのは一門間の争い。そのすべてが得宗家が絡む。最後は得宗の近習間の争い。これが得宗の覇気を弱め、御家人に背を向けさせる原因になった。高時とともに自害した人々のなかに御家人らしき人は一人もいなかった、と言う記述に落涙する。

北条家による政敵殺戮の方法はワンパターンである。まず部下に命じて殺させておいて、後で彼に謀反の疑いはなかったとして、殺しに加わった部下を誅す。そんなことが続けば、誰も近づかなくなってしまうだろう。北条は「人を呪えば穴二つ」を生きてしまった。

その後の政権に比べて、女性の地位高かったと言われる。評価されるべきだが、それも争いの原因になった。生母の地位が低い場合は長男といえども家督を継げず、高い場合でも更に大きな顔をするのは乳母だった。乳母を巻き込んでの争いも数多い。

もう一つの特徴は執権たちの早死である。義時の61歳(毒殺されたとも言われる)は長生きの方で、時頼36歳、時宗33歳、高時30歳(自害)といずれも30代で世を去っており、しかもそれ以前に出家している。続く室町幕府は237年で15代の将軍、徳川幕府が266年で15代の将軍と比べると、114年の北条政権で執権15人というのは圧倒的に短いのである。一人の執権の統治年数が少なければそれだけ争いの機会が多くなるのは当然だが、なぜ皆それほどに短命なのであろうか。

「北条」と言う官位もなく素性も知れない田舎武士が日本で初めて打ち立てた全国政権だ。関東政権から全国政権にのし上がってゆく過程で、御成敗式目を作成し、法治政権を目指した。朝廷への対抗心とはいえ、目指すところは良かった。だが「御家人ファースト」の戦国野武士的な伝統は容易には変わらず、度々の「徳政令」改定など、リベラルな「統治派」とのもつれた争いも政権基盤を弱めた。近世への早すぎた模索ともいえる。

本書で唯一判らなかったのは、米本位制から金本位制に移行して行く時代の流れの中で、御家人に金を貸すことが出来たのはどんな階層の人間だったのか。彼らは武士か商人か。武士でなかったとしたら、彼らはどんな風に資本の「原始的蓄積」を果たしたのかという疑問。その辺に関しては慌ててひも解いた網野善彦〚日本中世に何が起きたのか〛(角川文庫)がずいぶん役立った。室町以前の僅かな資料を駆使し、本郷氏と同様に「隙間を読む方法」で、中世資本主義の源流を解き明かしている。世の中は御家人=武士だけで成り立っていたのではないと納得し、本郷本と合わせて読んで、歴史の重層性が見えてくる感動を味わった。






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