書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります
文学
サイードを超えて
書籍・作品名 : ロティの結婚
著者・制作者名 : ピエル・ロティ 岩波文庫( 昭和12年)  
すすむA   58才   男性   





一世を風靡した著書のはずだが入手に苦労した。読んだ本は昭和13年(1943年)発行の3版(初版は昭和12年)、戦後は一度も印刷されなかったようだ。

ピエール・ロティは数多くの作品を書いたが、これが初の作品である。東洋の風物や暮らしの描写は、当時のオリエンタリズムを痛く刺激した。どれも海軍士官として各地に停泊中に現地の女性と恋愛し、出航と同時に失恋するといったワンパターンな内容で、年を経るにつれシニカルになってゆく。〚お菊さん〛(1887年)では、入港時から洋妾と暮らすことを意図しており、彼女の愛情が足りないと嘆く身勝手なものである。

だが本書は、22歳の若い主人公・フランス海軍士官ロティと14歳のタヒチ娘・ララフの悲恋物語で、後に見られるような「作為」はなく、若者同士の本能的で純粋な恋愛といった、読者の若き日の追憶と重なりあう部分があり、タヒチの美しい風景を想像しつつ恋の運びを楽しめる。1880年の出版だが、物語はそれより8年前の1872年(明治4年)となっている。

タヒチは18世紀末頃から宣教師が入植してキリスト教を広め、住民と軋轢を繰り返していたが、1843年にフランスが領有を宣言し独立自主権を失なった。ロティが来た頃には王朝の存在は儀礼用に過ぎなかった。ロティは到着直ぐに「僕のタヒチもだいなしです。おまけに僕たちのあのばかげた植民地文化......がはいり込み過ぎて」いると嘆く。

作風に触れたが、文章の魅力が小説の半分を構成しているといってよい。例えば「……時間が、日が、月が、ここでは他の何處とも違った仕方で飛び去って行った。時は、単調な常夏の中で足跡を遺さずに流れていった。世の流れとてはもはやない。静穏と不動との雰圍気に住んでゐるやうに思はれた」(32章)。

二人は偶然にであう。ロティは美男の白人として、常にタヒチ女の注目の的なのだ。ララフは「すばらしく調和の良い、驚くほど均衡の取れた低い背丈の持ち主」で、「胸部は形整って色艶がよく」「両腕は希臘的な整ひの美を備へてゐた」。下脣と額に刺青がある。だがロティは、ゴーギャンのタヒチ女ではなく、古代ギリシャ人を想像してしまう。彼女は頭がよく、マオリ語とフランス語が混ざったピジン語が話せる。ロティも語彙を増やして会話ができるようになる。二人には「世界の両極端に生まれながら、そのあいだにまことに不思議な数知れぬ類似があった。二人とも孤独と瞑想の習慣を、そして自然の森と寂寥との習慣を持っていた」

フランス人の特権としてロティは宮廷に出入りし、王族と親しく交際する。女王の勧めでララフと結婚する。公認の現地妻である。ララフはロティには「ぢきに忘れられてしまふほんの一時の慰みものとしか、映ってゐない」と思っているらしいが、「彼女は間違ってゐた。ロティもまた自分が彼女に對してもはや月並ではない感情を抱いてゐるのを気附きはじめてゐた……彼女を愛していたのである」。愛の他に何も見えない若者のおままごとのような結婚生活が始まる。

だがロティは非情に観察する。「彼女は憐れにも、今はほかのおほくの者たちとおなじやうに、不健康な、不自然な雰囲気へとずり落ちて、やがて憔悴して色褪せていった。」どんな女も結婚翌日に変わる、とはよく言われるが、彼女の場合、これに加えて、西洋人がもたらした疫病-結核の進行と、いつ捨てられることになるかとの不安にさいなまれていた、と読めるが、幸せに酔う彼には判らない。

島民の多くはキリスト教徒であるが、心の底までには浸み込んでいない、とロティは観察する。ララフも言う。「あなた方の救ひ主様はもしかしてあたしたちのためにいらしたのぢゃない、あたしたちなぞちっとも御存じないのぢゃないでせうか」。西洋文明によって侵されて行くタヒチ人のアイデンティティーの必死の抵抗がある。

恐れたことが遂に起きる。半年間停泊していた軍艦が出航するのだ。ロティは女王にララフの面倒を頼んで出航する。女王も心配する。一度外国人の妾になったタヒチ女は容易に現地人には戻れない。その通りになる。軍艦に乗って各地を移動するロティは思うように連絡も取れないが、3年後マルタ島で偶然出会った昔の同僚からララフの最後の様子を聞く。

ララフは別のフランス人の妾になったが、好きになれず、すぐに別れてしまった。その後は少しでも美しい者なら誰とも相手になった。病気は、火酒をあおり始めたので、急速に悪化した。よく女王の邸で寝泊まりしていた。18歳になった時、愛猫と一緒に生まれ故郷のボラ-ボラに戻り、数日後に死んだ、と。

サイードのように、本書には、支配人種と被支配人種間の抜き差しならない不平等が余すところなく暴露されている。それを知りつつもなお涙を禁じ得ないのは、小説というものの真の魅力がそこにあるからだ。






サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 パラノイドの帝国
(巽孝之)
2位 雑誌に育てられた
少年
(亀和田武)
3位 抽象の力
(岡崎乾二郎)
■青森■成田本店様調べ
1位 どう見える?
生きる跡アート
(高橋弘希)
2位 下町ロケット
ヤタガラス
(池井戸潤)
3位  大家さんと僕
(矢部太郎)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 日本国紀
(百田尚樹)
2位 柳都新潟古町
芸妓ものがたり
(小林信也)
3位 わたしはよろこんで
歳をとりたい
(J.ツィンク)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約