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文学
どこまでも楽観主義が消えないアメリカ(人)
書籍・作品名 : 王様のためのホノグラム
著者・制作者名 : デイブ・エガーズ/吉田恭子訳 早川書房(2016)  
すすむA   58才   男性   





2012年度の全米図書館賞最終候補になった本である。2016年になってやっと翻訳版を出す日本の出版業界は鈍すぎる。ただし「訳者あとがき」にある、米大統領選投票日の3日前に翻訳を終えたという事実は、この日本語版を象徴するものだろう。

アメリカの「終わり」を宣告している本である。主人公・アラン・クレイ46歳、定評ある自転車製造会社の幹部だった。中国に押されて工場を外国に移設したら、確かに労賃は安いが技術はなく、ガラクタばかり製造しているうちに倒産する。物作りが大好きなアランは町工場でよいから誇れる自転車を作りたいと融資を願うが、どの銀行からも「マサチューセッツで製造業ですか」と相手にされない。同様に破産した隣家の主が入水自殺するシーンを見る。そうはなりたくない。コンサルタントとして、会議室で「仮想出席者」たちが向き合うというホログラムを国王にプレゼンテーションするという仕事を請負い、若いIT技術者3名とサウジアラビアに飛ぶ。

そのサウジアラビア。国王一人がすべてを決済する専制国家だ。国王は絶えず外国を飛び回り、その都度仕事は停止する。契約を焦る依頼企業が頻繁に電話してくるがここはアメリカではない。アランがいるキングアブドウラーエコノミックシティ(KAEC)は、その国王が「心血」注ぐ未来都市だが、20年を経て未だに建設途上である。国王が亡くなった後は御破算になるだろうとの噂。この石油大国には、理念はあるが政策はなく、アメリカ同様に「物を作る」という発想はおろか、そもそも「労働」の意識がない。建設労働者からホテルマンに至るまですべて外国人である。お決まりのように中国の進出を許している。

アメリカで「不要」になったアランが、サウジアラビアでも天蓋の事務所で「不要者」扱いされながら、結果を出そうと奮闘する姿がいじましい。ただしこの男は根っからアメリカ魂のような持ち主だ。終始陽気にふるまい、機会を捉えてあちらこちら身軽に出没し、知人を増やしてゆく。運転手に雇ったユーセフは、アリゾナ大学に居たことがあるというが、元妻の夫から不倫を疑われて逃げ回っており、アランのご相伴がおかしい。彼はサウジアラビアには未来がない、この国を変革する、と冗談に紛らわせて言う。デンマークから来たという女性コンサルタントとも知り合う。密造酒をプレゼントされ寝室に招かれるが、8年間の空白の後、彼のペニスは勃起することがない。男性器すら「不要者」になっている。

自己チューで顕示欲の強い妻とは8年前に離婚し、今も資産分与でもめている。大学生の一人娘は、多額の授業料が払えず休学中である。そういえばリーマンショック以後、金融業界は学生ローンに矛先を絞り、大学側も学生への融資を当て込んで授業料を大幅に引き上げている、と何かで読んだことがある。バーもないホテルでの退屈な夜、娘に父親らしい助言をしてやろうとメールに向かうが、自分の空しい人生が思い返されて、何も書くことができない。彼に出来るのは、たわいのない小話を披露して一時の笑いを取ることだけ。アメリカ人らしい特技である。

アランの背中には卵大の腫瘍がある。痛まないが、がんの兆候かと疑い自分で突いてみたりする。ユーセフの世話で、ジェッダの病院で摘出手術を受ける。担当医師は女医だった。良性で心配ないと言われる。瘤は彼が背負ってきた「アメリカ」のメタファーと取れる。それが消えて少し気分が楽になる。持ち前の積極性を駆使して女医とのデートに成功し、彼女の部屋でセックスする。やはり起たない。だがアメリカの重荷を下ろした彼には近い将来この不安も消えるだろうことを小説は示唆する。

突然国王の御臨幸があり、プレゼンは成功する。5分間臨席して「お気に召した」と伝えられた国王はその後中国使節団を謁見し、システムは半額以下の値段で中国企業に落ちた、と告げられる。

若いIT技術者が早々と引き上げる中で、彼はここで広げた人脈を頼り、別の契約獲得にしばらくこの国に残るという。あるいは女医との再「交渉」に及んで、彼の男性性復活を確認するためか。はたまたお節介にも「新アラビアのロレンス」を気取ってユーセフの言う「国家改造計画」に一役買うつもりか…… 最後までお調子者の楽観主義者なのである。

トランプ大統領は輸入品に多額の関税をかけ、「ラストベルト」を復興させるとしている。それで「比較優位」の経済構造がアメリカに良い方に変わるかどうか判らない。だがアランに体現されている、アメリカ(市民)の底抜けな楽観主義は、それ自体が前進/崩壊を込めて、未来を孕むものであろう。本書はそう言いたいのか。読後感は良いが判らない。おそらく著者も判らないのだ。






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