文学
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自尊主義、自傷主義をともに嗤う
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書籍・作品名 : 神器-軍艦「橿原」殺人事件
著者・制作者名 : 奥泉光 新潮社(2009.11)
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すすむA
58才
男性
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第62回(2009年) 野間文芸賞受賞作品である。芥川賞作家・奥泉光氏を読むのは初めてだが、とにかく面白かった。荒唐無稽な流れの中にあっちの論理とこっちの論理を突き交ぜた作品だ。それぞれの主張は筋が通っている。
舞台は太平洋戦争の断末期である。戦艦「矢魔斗」(大和ではない)が沖縄特攻に向かう。瀬戸内海に空しく浮かぶ巨大戦艦に死に場所を与えてやろうとのロマン派的発想。それに加えて、日本必勝の神風を招くためには、神にささげる生贄がまだまだ足りない。3千名を超える搭乗員の生き血も必要だという神懸り的発想も加わる。
我が主人公石目上水が登場する軽巡洋艦「橿原」もこれに乗じて乗員420名を乗せ、密かに出航する。目的は別にある。「橿原」は、香取型練習巡洋艦といって<K>を頭文字に持つ神社名(香取神宮、鹿島神宮、香椎宮、橿原神宮)に由来する4艦の1隻だが、実際には建造されなかった幻の軍艦である。従ってこれがリアリズム小説でないことは明白である。
文学理論では「マジックリアリズム」(魔術的現実主義)というそうだ。日常と非日常とが融合した作品に対して使われる芸術表現技法で、シュルリアリズム(超現実主義)と違う点は精神分析や無意識といった部分には入らずに、伝承や神話、非合理などといったあくまで非現実的なものとの融合を取っている手法であるとされる。小説はまさに「マジックリアリズム」の本質を備えている。
出航前「橿原」は既に絶滅した「第一艦隊」を拝命するがたった一艦である。海軍や陸軍にではなく大日本帝国直属とされる。目的地や目的は不明。各地の軍港を出入りしながら、丹後の宮津で陸軍将官を同乗させる。黒衣と黒頭巾で全身を覆った者が2名いる。横須賀に回航せよとの司令部の命令に背いて東に進み、鳥羽沖に投錨する。伊勢神社の「八咫鏡」を積み込んだとの噂が広がる。三種の神器の中で一番格式が高いのは鏡だと清張も『神々の乱心』で記している。黒衣の人物は昭和天皇とお付きの女官だとも。
「橿原」は神国日本を具現しているように感じられる。「神器」が置かれたこの船だけが建国神話を正統とする神聖日本であると。アメリカに降伏しようとしている「近代化」した昭和天皇と偽日本人など消滅しても構わない。こういう思想が乗員にも強要される。
死力を尽くすことと「死ぬ」こととは違う、と老艦長が全員を集めた前で切腹して見せる。陸軍将校の一人も追い腹を切る。一方で奇妙な安堵感も広がる。神器を積んだ船は沈むわけがない。これがある限り日本は勝てないといえども決して負けないのだ。洗脳された若い乗員たちは、何処からか配られた服装違反の「日の丸」の鉢巻きを頭に巻き付けて上官の命令に逆らい始める。
そんな上甲板部の矯風運動とは別に艦底部には別の騒動がある。まず開かずの五番倉庫、これに絡んで連続殺人事件が起こる。なかに何があるのかわからない呪いの倉庫だ。
鼠の大発生。五番倉庫に隠されているらしいロンギヌスの槍から「七色光線」が発せられ、食料がなくとも増殖する。鼠同士の無秩序で熾烈な殺戮合戦が繰り広げられる。鼠は人間を示し、人間のDNAに埋め込まれた「虐殺」本能のメタファーであると考えられる。
そのほかに戦死者の亡霊も死んだ状態のままで艦内に溢れ来て、「俺たちをどうしてくれるんだ」と恨みがましく叫ぶ。靖国神社は敗者を祀らないので敗残兵は神国「橿原」に集まるほかないのである。
物語は時空を超える。艦内で死亡した乗員が鼠に変身して戦後の靖国神社に行ってみると、境内に戦死者は一人もいない。靖国界隈はえらく繁栄していて、戦争の影などはどこにも見つからない。
鼠は艦に戻る時、平成生まれの貧困青年を連れ込んでしまう。映画以外に戦争を知らず、「貧困から抜け出せるなら戦争も良いなあ」と信じる青年である。噛み合わない会話が実におかしい。
やがて五番倉庫が開かれる。神殿になっていて、「八咫鏡」が祭られている。どこかに存在する「天岩戸」から日本を再建しようという集会が聞かれる。「樫原」は祈りの船になった。天岩戸の予行演習さながら、神殿の前で男らが乱交する猥雑などんちゃん騒ぎとなる。
だがそんな「お家の事情」は米軍には関係ない。単独航行の無謀さに驚いた米軍だが、潜水艦が尾行し、偵察機がしきりに飛来する。そして明け方……
話の運びは荒唐無稽だが、語られていることそれぞれに一定の論理が貫かれていると感じる。今も隠然と日本国民を支配する「神器」を通して、「自己陶酔」を深め、ひたすら狂って行った日本の残影と、戦争や戦死者たちが存在しなかった如く、繁栄に狂う現在日本を相対化し、日本人の相変わらずの内向き自尊主義とその対極にある自傷主義をともに嗤う内容を秘めていると思う。パロディーといえども侮れない。
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