書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります
映画
監督自身が考えあぐねている
書籍・作品名 : 華氏119
著者・制作者名 : マイケル・ムーア監督 2018年  
すすむA   58才   男性   





オリジナルタイトルはFehrenheit11/9で、9月11日と言えばアメリカ同時多発テロ事件記念日だ。この題名をつけた今回の映画は、これまで観てきたムーア監督の、アメリカと他国を様々に比較し、アメリカ独自の政治・経済システムをユーモア交じりに批判するといった映画とはひと味違っていると思った。深刻なのだ。それだけトランプ政権移行後の伝統的アメリカの崩壊が深まっていると読んだ。

アメリカ大統領は政治家としてだけでなく、国民統合の象徴、いわば国父に当たる憧れと尊敬を具象化する存在と思っていた。そういう視点からは、ののしり、嘘つき、自慢たらたらのドナルド・トランプが選ばれることはあってはならなかった。だが選ばれた。どうしてか、ムーア監督はそこに切り込む。

彼によれば、トランプの罵声に腰砕けになった共和党政治家だけでなく、共和党政権に敢然と異議を唱えず、声を潜めてきた民主党政治家にも責任があるという。このところの日本の新聞には、相手を追い詰め過ぎず互いに妥協点を探ってきたアメリカ二大政党政治に「郷愁」を覚えるといった類の記事をよく見かけるが、それはナチス政権に融和政策をとってヒトラーを助長させた当時の西欧の民主政権を擁護する論調と変わりないとムーア監督は言う。

例えば、これは知らなかったエピソードだが、ミシガン州フリント市の黒人貧困地域に給水された鉛含有の水道水による健康被害闘争を起こした住民に肩入れするため当地を訪れたオバマ大統領が、住民集会で毒入りの水を飲んで見せるパフォーマンスは良かったが、彼はその後、市幹部の会合の中でも同じことをして見せ、精製すれば問題ないと語ったという。これが「敵を追いつめすぎない民主党の伝統政策」だとすれば、住民への裏切り行為以外の何物でもない。監督はそこを突く。

相次ぐ高校の銃撃事件に怒った高校生たちが、議員や議会を追求し、ごまかし答弁に愛想をつかして、ワシントンDCをはじめ全米で行った直接行動(ラリー)の報告は、しがらみに惑わされない若者の純粋な行動として感動的で、特に女子高校生の演説には涙するものがあった。しかし新聞広告が持ち上げるような、これはこの映画のクライマックスではない。予定調和的な感動で映画を終わらせる凡庸な監督ならそうしただろうが、でムーア監督は続けて、これらの草の根民主主義運動を完全に無視する世界情勢を伝えるからだ。

強権政治はアメリカに限らない。昨今は中国、ロシア、トルコ、フィリピン、あのアウンサン・スー・チーのミャンマーまで、大小トランプ政権のオンパレードだ。安倍政権下の日本も同様だろう。世界はどこに向かうのか、民主主義は生き延び得るのか。事実を前にして、ムーア監督自身が答えあぐねている映画のように見えた。






サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 パラノイドの帝国
(巽孝之)
2位 雑誌に育てられた
少年
(亀和田武)
3位 抽象の力
(岡崎乾二郎)
■青森■成田本店様調べ
1位 どう見える?
生きる跡アート
(高橋弘希)
2位 下町ロケット
ヤタガラス
(池井戸潤)
3位  大家さんと僕
(矢部太郎)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 日本国紀
(百田尚樹)
2位 柳都新潟古町
芸妓ものがたり
(小林信也)
3位 わたしはよろこんで
歳をとりたい
(J.ツィンク)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約