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文学
最新トリビア満載の蘊蓄本
書籍・作品名 : 世紀の小説〚レ・ミゼラブル〛の誕生
著者・制作者名 : デイビット・ベルス/立石光子訳 白水社 2018.7  
すすむA   58才   男性   





本文330頁もの内容てんこ盛りの蘊蓄本である。日本でこれだけの資料や風聞を集められないと思う。原作と同じように五部仕立てだが、各々のタイトルは、第一部「罪と罰」(ドストエフスキー1866年)、第二部「宝島」(スティーヴンソン1883年)、第三部「眺めのいい部屋」(E.M.フォースター1908年)第四部「戦争と平和」(トルストイ1867年)第五部「大いなる遺産」(ディケンズ1866年)[カッコは筆者注]と、同時代の大作家からの借り物だ。この時代はロマン小説の全盛期だった。

〚レ・ミゼラブル〛は1862年の発行だが、小説内現在は1815-1835年である。従ってマリウスが加わったバリケードの戦いは、1832年6月の「暴動」または「反乱」と呼ばれるもので、知識人が先導したが市民の共感はえられなかった。著者はこの時季設定はデュマの〚モンテクリスト伯〛(1844年)と同じだとする。二人は親友だった。意図されたものかどうかは明らかでないが、前者の復習劇に対して〚レ・ミゼラブル〛は慈愛の小説であることが対比される。

著者は〚レ・ミゼラブル〛が社会の和解の小説であると規定する。「和解」とは判りにくい表現だが、身分間の和解、貧富間の和解、善悪間の和解、義と情の和解と受け取れる。両義性に満ち解決しがたいテーマである。ユゴー自身もテナルディエという小悪党の扱いに手を焼いた挙句、アメリカに渡らせて沈没させる以外になかった。同様に、犯罪者の父親を持ち、それゆえ悪を憎悪したジャヴェール警部にも、困惑の末に死を選ばせるしかなかった。その意味で小説は極めて現代的なのである。

私は、ジャン・ヴァルジャンはミリエル司教の温情によってキリスト教的「善」に目覚めたと思っていたが、それは映画やミュージカルからの後知恵だという。ユゴーは司教をむしろカトリックの「異端者」として描いた。作品が上梓されると、保守派、進歩派双方から、筋の運びにおける司教への依存度を巡って論争が巻き起こったが、作家自身は宗教について寡黙である。

初原稿は1845年から書かれ、48年にはほぼ完成の域にあった。それが中断したのは1848年の2月革命のためだ。最初ボナパルティストのユゴーはナポレオン三世の登場を歓迎したが、51年に彼がクーデターを起こすと、共和主義者の立場から非難の先頭に立ち、55年には国外追放となった。ユゴーは原稿を携えて英領ガーンジ島に避難、広大な空き邸を入手する。しばらくはその改築に熱中していたが、60年になると原稿の改定に手を入れ始め、初稿の二倍の分量に膨れ上がった。「ワーテルローの闘い」はベルギーの戦場が見えるホテルで書き加えられたという。原稿やゲラ刷りを検閲や盗難を恐れつつ、パリの発行所とガーンジ島の間を往復させ、校正を重ねてゆくシーンはスリリングだ。

以下この本の真骨頂ともいえるトリビアを少し取り上げてみたい。

囚人番号だが、最初の24601号は作家の母親が彼を身籠ったとされる1801年6月24日に由来する。二度目の9430号はヨットが転覆して死亡した愛娘の命日1843年9月4日を指しているそうだ。マリウスとコゼットの結婚日1833年2月16日は、最後まで添い遂げた作家の愛人ジュリエット・ドエールとの初夜である。ジャン・ヴァルジャンが一時借りたゴルボー屋敷の住所は「50・52番地」で51番がない。これはルイ・ナポレオンがクーデターを起こした年1851年を抹殺したのだと。どうということもないが興味深い。

ジャンのモデルがいたという伝聞証拠がある。ピエール・モーランという徒刑囚でパンを盗んで懲役5年を科せられた。1806年に出獄し、ディーニュのミリオン司教から親切を受けたが、ワーテルローで戦死した。もう一人はトウーロンの徒刑囚だが、軍艦で労役についていた時、一人の船員が帆桁から落ちて足場綱につかまっているのを、抱きかかえて降ろしたという逸話。彼は再び鎖につながれたという。ユゴーがこれらの話を小説に使ったことは言うまでもない。

モントルイユ=シュル=メールで短期間のうちの莫大な富を稼いだマドレーヌ氏(ジャン・バルジャン)だが、彼が発明したまがい物の黒ビーズはアフリカから奴隷を買うための代用通貨にもされた。60フランのビーズで黒人一人が買え、バージニアではそれが1000ドルになった。ユゴーが奴隷貿易に関心を寄せていたら、マドレーヌ氏の商売も違っていたかもしれない。

〚レ・ミゼラブル〛はかっきり365章から出来ているという。毎日1章をこなせば1年で完読可能である。これなら私も再読できそうである。






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