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学術
戦時統計はどこまで信用できるか
書籍・作品名 : 日本統治下の朝鮮-統計と実証研究は何を語るか
著者・制作者名 : 木村光彦 中公新書 2018.4  
すすむA   58才   男性   





本書のデータを駆使した実証的な解析は、類書には欠ける説得力がある、と感じられるが、残念なことは35年に及ぶ植民地支配の中で、1937~45年の日中戦争・太平洋戦争期のデータが乏しいことだ。戦時期の正確な記録が入手し難いこともあろうが、それ以上に、総力戦時期と平時期の「違いを考慮せず一括りで語られるが、これは不適切である」との作者の思惑が入っていると思われる。しかし朝鮮民族にとってはこの全てが被支配体験であり、彼らの怨嗟はこの期間全体に及んでいるのだから、支配者であった日本人学者が恣意的な時代仕分けをしてみても受け入れられ難いのではないかと思う。

本書の内容をきわめて大雑把に要約すれば次のようになる。
1)植民地以前の朝鮮では、農業は稚拙で生産性も低く、商工業も家内事業の域を脱していなかった。支配層は儒教思想に支配され、産業の自発的発達に無関心であった。
2)日露戦争後、総監府時代を経て1910年に総督府が設立され、内地人(日本人のこと)官吏が続々と朝鮮半島に入った。その構成は(本書の統計は1937年が初出)、内地人4.1万人、朝鮮人2.4万人である(地方官僚を入れれば更に多いだろう。ちなみに1928年の朝鮮人人口は1900万人)。英国のインド間接統治とは異なり、朝鮮支配は直接統治だった。
3)総督府が1930年代末までに行った主な事業は、①農業生産性の向上;1912~39年の平均成長率1.9%(内地1.0%)、これにより朝鮮人の食生活は大幅に改善された。換金作物では綿花生産量が6倍。②鉱工業の未発達状態からの離脱。1910~40年の年平均成長率;鉱業12%、工業9%、1930年代ではそれぞれ20%、10%(内地大企業の進出による。朝鮮人主体の産業は籾摺・脱穀精米業の統合と製糸・紡績業くらい。中国人の参入は少なかった)。③半島は内地に乏しい鉱物資源の宝庫であり、大河を利用した超巨大水力発電所をはじめ、それに依拠する大規模工場群が出現した。著者はこの驚異的発達の裏には、欧米の植民地統治では見られない、支配側・被支配側「双方の力の結合があった」とするが、具体例は示されない。
4)戦時体制に入ると記述が一変する。4章で(誇らしげに)羅列されるのは内地大企業の凄まじいばかりの朝鮮進出の様相である。特に主要資源が偏在する北朝鮮にはありとあらゆる重化学工業独占企業体が進出して、想像を絶するスピードで工場を建設し操業を始める。時には空襲を避けるために岩盤を掘っての洞窟工場建設までが進められた。その規模は「1944年までに朝鮮は、帝国日本の基礎資材生産で重要な位置を占め、総力戦の遂行に不可欠な領域となった」と言われる。これら危険な作業を担った朝鮮人労働力や動員による人員不足が巻き起こしたはずの一次産業の疲弊などには言及されない。

朝鮮植民地経済史で興味が惹かれるのは日本の朝鮮「経営」の収支決算であるが、終章でその簡単な統計が示される。表6-3に示される1939年時の「朝鮮の対外投資収益支払額の内地(国民)所得」との比率は0.42%(農業を除く「財産所得」に対しても1.16%)と極端に低く、表6-4の「朝鮮統治のための日本政府の財政負担」比率も1935-39年で一般会計歳出総額の0.4%に過ぎない。朝鮮植民化政策は「比較的低コストに」成功したと自慢する数値だが、にわかには信じがたい。昨今政府統計の虚偽性が問題になり、改めて「戦前戦中の嘘の統計に騙されてあの悲惨な戦争を進めてしまった」という統計学者の悔恨も聞かれる。統計を妄信してはいけないのだ。

さらにこれは著者の言う「平時」であり、4章で述べられた凄まじいばかりの鉱工業投資は含まれない。「総力戦時」はこんなものではなかったろう。朝鮮統治のコストはむしろ戦後になってから高くついたといいたそうだが、土地の強制収容とか朝鮮人の強制労働などはどのようにコスト化されたのだろうか。朝鮮側から観た収支計算はどうなのだろうかということも気になる。

最後に従来の日本統治下朝鮮「研究は通常、この時点で議論を終える。しかし本書は、これに満足しない」と、その後の簡単な見取図を示す。曰く

1)日本資産の多くは北朝鮮側に残された。1945年の北朝鮮の発電量は南朝鮮の6倍、一人当たりでは11倍。食料生産能力も一人当たりの北が南を凌駕していた。2)主要工業資材の一部はソ連に持ち去られたが、敗戦国ドイツと比較すればそれほどではなかった。3)圧倒的に成長に有利な条件を備えていたはずの北朝鮮が、あれほどまでに韓国に遅れをとったのは共産主義的圧制のせいである。

そのラフスケッチなるものが、著者が忌み嫌う「主義的」で「結論ありき」の体になっているのが残念である。






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