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美術
「空っぽ」を抱きしめる
書籍・作品名 : 『少女礼讃』
著者・制作者名 : 青山裕企  
谷川拓矢   30才   男性   





 これまでの青山的表現、たとえば『スクールガール・コンプレックス』シリーズにおける、次々とモデルが入れ替わり、モデルの顔が写されない、モデルは男性目線の妄想や理想の具現化というテーマを撮影するための被写体にすぎないかのように読める表現とは異なり、今回は一人の固有な「少女」にこだわり、その具体的な「表情」を撮り続けた。
 さらに本作では、純真・無垢・天真爛漫な記号的少女性が表象される一方で、ヘアヌードを含むエロティックな表現によりポルノグラフィ性も表現され、これら二つの表現が畳み掛けるように変転する。こうして少女という概念、及びその前提としての大人/子どもという二分法が、相対化される。「少女」という一人の「人間」、その全体が描かれるのである。
 ここで書き添えておけば、本作のヌード表現は、長らく日本ヌード写真史が歩んできた当局の検閲との闘争、あるいは主体としての男性による客体としての女性(の身体)の侵犯、こうした歴史からは切り離されている。本作は青山の写真、青山によるテクスト部分、「少女」によるあとがきで構成されるが、あとがきで「少女」は「写真を撮られているときは意識がきちんとあっていいな。生きていることを実感する。撮られることで素直になれる。」「わたしは今、こんなにも確かにしあわせを感じられる。受け身の心持ちでいたことは一度もないよ。」と語る。こうして撮る/撮られるの二分法が相対化され、「少女」の側の表現主体としての意識が顕わになる。あるいは、青山自身が本作を「少女」との「競作」と述べていること、ポートレイト的手法による極私的表現。これらの観点から、本作は日本ヌード写真史の新たなフェーズへの移行の記録とも読めるのである。
 こうして本作は、撮る/撮られる、写真家/被写体、主体/客体といった二分法を越境した、「関係性」を描くところに主題があることを物語るのである。主体による客体の搾取ではなく、関係性の展開が、きわめてリアリティーを持って描かれる。そのリアリティーは、写真自体や構成に必要以上に手を加えないスタンスに起因するところが大きい。類似するカットの反復、夥しい量の写真の畳み掛け、修正を加えられることのない傷跡、できものの跡、腋毛の剃り跡。こうした表現が相まって、きわめて私的な時空間の中に、関係性=距離の伸縮が炙り出されるのである。
 もう一つ別の視点から、本作を読んでおきたい。こうした青山と「少女」の表現行為は、決して「本当の自分」の探求を目的にはしていないということ。先に「少女」の固有性、具体性について触れたが、しかし名前や年齢、プロフィールなど「少女」の素性はいっさい明かされない。「少女」はあとがきで「わかったふりをするくらいなら、わからないままでいい。/わからないそのままでいいの。」と語り、青山もテクスト部分で「少女について考えれば考えるほど、答えなんて出なくて」「(少女は)伝えようとしているのかもしれない//写真は、言葉じゃない/答えなんてないんだよって」と語る。他者の視線を通して、記号的な少女、ポルノグラフィックな少女、撮られる少女、表現主体としての少女、と変幻する「少女」。その内奥に「本当の自分」がいるのではなく、むしろその内実は「空っぽ」であるということを、二人はじゅうぶんに噛みしめている。青山はテクスト部分で「少女は、とても複雑な生きもので/顔は笑いながら、心で涙しながら、今を生きている」と述べ、「少女」はあとがきで「心の真ん中にあいたぴったりまあるい穴のこと、その穴を通っていった心地よくひんやりとした風のこと。」と述べる。他者を経由してさまざまなかたちに変幻し、その内実は「空っぽ」である存在を、「わからないまま」、「答えなんてない」まま、一人の「人間」としてあるがままに受けとめ、抱きしめる、礼讃する。これこそが本作表題『少女礼讃』の意味するところであり、本作を貫く大きな主題を成していると、稿者は読んだ。また、このとき、「人間」青山裕企もまた、「少女」によりそのあるがままを受けとめられ、抱きしめられ、礼讃されている。「少女」は言う。「(青山の眼差しは)きらきらが溢れていて光の泉みたいだったり、奥まったところのあまりにもしんとした様子からは果てしない陰りを感じたりもする。カメラを構えてぐんと沈み込んだ青山さんの目が好き。」「写真のわたしの目に、彼の姿が映っているとうれしい。彼がわたしを撮る、そのことがそこには映っている。」「わたしはずっと、はだかんぼのこころであなたの目を見つめています。」そして、この二人の眼差しは、われわれ読者をもまた――。
 こうして本作は、青山の写真表現に、いま陰影を濃く与え始めた。青山はその写真行為を通して、さらに「人間」という存在の深淵に向かっていくのだろうか。今後の展開を注視したい。






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