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ノンフィクション
多国間安全保障協力下での「日英準同盟」
書籍・作品名 : 新・日英同盟:100年後の武士道と騎士道
著者・制作者名 : 岡部伸著 白秋社 2020年  
永田伸吾   49才   男性   





 英国は2010年代初頭から、1971年の「スエズ以東からの撤退」以来とされる「アジア回帰」を進めてきた。それはブレグジット後の対外構想「グローバル・ブリテン」において一層強調されることになった。
 英国の「アジア回帰」の目的の一つが、中国の台頭への対応であることは論を俟たない。実際、2020年以降、中国の新型コロナ・パンデミックへの対応や香港国家安全法の制定は、英国の「アジア回帰」を加速させた。そして英国は、日本を価値と地政学的利益を共有する「同盟国」と位置付けることで、中国の台頭に共同で対応しようとしている。
 この「新・日英同盟」は、アングロサクソン系海洋国家群を中心とする「多国間安全保障協力下での準同盟」という点で20世紀初頭の日英同盟と異なる。そして、アングロサクソン五ヵ国(米・英・加・豪・NZ)は、機密情報ネットワーク「ファイブ・アイズ」を構成していることから、日本の「ファイブ・アイズ」加盟も視野に入れた「新・日英同盟」の強化が両国で検討されている。
 産経新聞論説員である著者は、2015年12月から3年半にわたりロンドン支局長を務めた経験に基づき、『イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭』(PHP新書、2016年)、『イギリスの失敗』(PHP新書、2019年)などを上梓している。加えて、『消えたヤルタ密約緊急電』(新潮選書、2012年)で第22回山本七平賞を受賞するなど、情報史にも造詣が深い。このような著者の背景から、本書は、日本の「ファイブ・アイズ」加盟への可能性を切り口に、「新・日英同盟」の意義と可能性について論じたルポルタージュとなっている。
 本書は10章から構成される(序章・終章を除く)。本書のタイトルの「新・日英同盟」については、本文の約4割を占める第1章「グローバル海洋同盟」および第2章「ファイブ・アイズに招かれる日本」で概説される。他方で、「新・日英同盟」を裏打ちする両国の歴史的文化的親和性について論じた第3章から第10章は、サブタイトルの「100年後の武士道と騎士道」に対応する。その意味で、本書のエッセンスは第1章および第2章に集約されている。
 第1章は、ブレグジットの背景や中国の現状変更の試みなど、英国の「アジア回帰」と「新・日英同盟」を取り巻く国際環境について概説する。第2章では、日英間の防衛安全保障協力事例の紹介とそれらの政策的含意について検討する。また著者は、日本の「ファイブ・アイズ」加盟は、対外情報機関設置とスパイ防止法制定の好機とみなす一方で、元外務省主任分析官の佐藤優氏との別誌での対談から、既存の情報コミュニティの強化だけで、日本はすぐにでも「ファイブ・アイズ」への加盟が可能であるとの見解を紹介する。このように、著者の取材からは、課題は存在するものの、日本の「ファイブ・アイズ」加盟は現実味のありそうなシナリオであることが窺える。
 第3章以降では、第6章「『文明の生態史観』と日英同盟の必然」が興味深い。ここでは、ユーラシア世界の両端を「第一地域」、広大な中央部を「第二地域」と区分する梅棹忠夫の生態史観を引用しながら「新・日英同盟」の必然性を説明する。ここでの説明は、地理的環境と国家の行動様式の関係について古典的地政学以外からの説明が可能であることを改めて認識させる。
 他方で、本書の欠点にも触れねばなるまい。まず、本書は、英連邦五ヵ国(英・豪・NZ・マレーシア・シンガポールの)の防衛協力体制であるFive Power Defence Arrangements を「五ヵ国防衛協定」と訳している(88頁)。しかし「協定」であれば、原文はAgreement でなければならない。他方で外交用語としてのArrangement の定訳は「取極」であることから、正しくは「五ヵ国防衛取極」である。「協定」との誤訳は学術論文でも散見されるが、「新・日英同盟」においても「五ヵ国防衛取極」は役割拡大を期待されていることから、著者にも正確な訳の定着に努める責任があろう。
 また、英国が「日本が開発した対潜哨戒機にも関心を寄せている」(102頁)との記述であるが、これは本来過去形で表現すべき事柄である。英国が日本のP-1哨戒機に関心を寄せていたことは確かであるが、結果として米国のP-8哨戒機を導入した。本書の記述は、このような事情を知らない読者に対し「新・日英同盟」への過度の期待を抱かせることになりかねない。
 この他にも細かい瑕疵が散見されるものの、本書は、近年の日英間の防衛安全保障協力について関心ある読者向けに分かりやすく解説したものとして評価できる。2021年以降、新型空母の展開など英国の「アジア回帰」の本格化が見込まれる中で、時宜に適った一冊である。
          永田伸吾(金沢大学)






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