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評者◆杉本真維子
好きなお皿
No.2909 ・ 2009年03月14日




 数日前、母に「はい、これ。好きなお皿でしょ。」と一枚の平皿を渡された。「好きなお皿」という言葉の響きが明るくて、ぱっと目の覚めるような思いがした。そうか、私はこれが好きだったのか。じぶんの好きなものを、じぶんよりも先に、他人に教えてもらうことのうれしさ。じぶんが幸福かどうかなどよくわからないが、その記憶がいっこでもあれば、生きていかれるかもしれない??と、ちょっとだけ思う。
 そのとおり、私は、そのお皿が好きで、毎日、何を食べるときも――たとえば、強引な乗せ方をして、魚のしっぽ、食パンの耳などがはみだしても、とくに疑問に思うこともなく、そればかりを使っていた。とはいえ、そんなわかりやすい行動をとられたら、周囲の人は、いやでも、よっぽど好きなんだな、と思うはずだ。だから、気づいてくれたこと、というより、それを「言ってくれたこと」がうれしかったのだと思う。気づいても言わないことはいくらでもできるが(つまり、無視、なのだけれど)、私の場合であれば、心の根っこに相手への愛情みたいなものが付着していないと「言う」ところまで届かない。
 むかし、あるひとに「はい、これ。好きでしょ。」と、無愛想な態度で「まるごとバナナ」(という生クリーム入りのスポンジケーキ)を渡されたことがあった。なぜ「まるごとバナナ」だったのか、そのごっついネーミングに、ちょっと恥ずかしいような気持ちになるが(でもおいしいのです)、「どうして知っているの?」と、そのときも単純に感激して、むしゃむしゃ食べた。
 そんなことをふわり、思い出しながら、もう一度、お皿を見てみる。はっぱのような、しずくのようなかたちをした、青磁の皿だ。でも、どこが好きなのかよくわからない。色、かたち、手触り……。私が、器について何も知らないからなのだろうか、ただ、目と手が、肉感的にそれにひかれている、としか言いようがない。なんだか、皿の味わいについて考えていると、奇妙にも、人間のことを考えているような気分になってくる。たとえば、「あの人のどこが好きなの?」と聞かれても、答えられないように、改めて説明しようとすると、どちらも言葉から遠く、沈黙しているように見える。そして、つるりと、こちらの手から逃れていく。
それでも、というように、皿を持ち上げ、上から下から、色々な角度から見てみる。言葉にできないものを、そのまま見過ごすことができないから、こんなことをしているのだろう。そのとき、すでに心の奥深くに、皿は沈みこんでいて、もうひとつの同じ皿、といえるようなものが、私のなかで生まれはじめている。
 そのどちらを詩に書こうか、というのはなく、どちらが欠けても成立しないというバランスのなかで、じぶんの詩の、最初の一行は立ち上がってほしいと、改めて、祈りのように思っていた。そうやって、どちらにも寄らず、どちらとも妥協しないことで、両方を大きく抱えられるような優しい腕が、持てるのではないかという気がしている。








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