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評者◆前田和男
左派の抵抗で幻となった「新党結成大会」
No.2920 ・ 2009年06月06日




 村山が首相を辞した直後の一月一九日、第六四回社会党大会が開かれた。そこでは、村山委員長の続投と引き続き自社さ連立の一翼を担うことが確認されたが、それよりも「目玉」とされたのは、「新党問題」であった。党中央のあいだでは、党名を「日本社会党」から「社会民主党」へ変更するとともに大会を「新党結成大会」に切り換えるということで、合意をみていた。懸案の「社会党発の新党」づくりにとっては、これが文字通りラストチャンスといえた。高木にも、党名変更について相談があったが、村山首相辞任の違和感が癒えるどころかいやますばかりで、以前のようには社会党にシンパシーを感じられなくなっていた。
 後段は歴史的な「新党結成大会」に切り換わるはずだったが、村山委員長をいただく左派が異議をとなえて、それは流れてしまう。「社会民主党」という新党名が残されただけで、「名は変わっても体は変わらず」となった。これで社会党は新党結成への主体的関わりを完全に失うことになるのだが、村山ら党内左派は、「まだなんとかなる」と事態をあまく見ていた節がある。ひとつには、前年の九五年秋に、自社さ連立をつくるにあたって主導的な役割を果たしたさきがけと社会党の両執行部グループ(人格的には武村と村山の周辺)で、さきがけと社会党の合同による「社さ丸ごと新党構想」が持ち上がり、村山もこれに期待をかけていたからだと思われる。
 ところが、一方でさきがけと社会党の反執行部グループの間で、第三極新党構想が画策され、社会党大会の三か月後の春先にはマスコミでも報道されるようになる。その旗手としてにわかに注目を浴び始めたのが、さきがけの反武村派若手リーダーの鳩山由紀夫である。鳩山が唱えたのは、「社さ丸ごと」ではなく「一人ひとりの決断による結集」であった。これによって村山と武村の「社さ丸ごと新党構想」はついえる。
 ここから社民党の迷走と凋落が一気にはじまる。すでに高木は社民党に距離を置いており、高木以外の有力なブレーンたちも同様だった。また横路孝弘を旗手とするニューリーダーたちも、鳩山らと交流をふかめ、社民党を見放しつつあった。社民党はまさに富士川合戦前夜の平家の状態にあった。

●社会党の無残な末路

 何事も「終わり」は一気にやってくる。かつて社会党が「理想郷」としていたソ連も、ベルリンの壁の崩壊が引き金となって、誰も予想だにしないスピードで消滅してしまった。五十年の歴史をほこる日本社会党もまた例外ではなかった。
 村山の禅譲で首相となった自民党総裁・橋本龍太郎は、九月二七日に衆議院を解散、総選挙に打って出る。その選挙日程にあわせて、鳩山・菅らによって「民主党」が立ち上げられ、これへの参加が新進、社民、さきがけなどの議員に呼びかけられる。社民党は常任幹事会を開き「丸ごと民主党合流」をきめるが、それは往生際の悪さを満天下にさらしただけだった。当然にも民主党から拒否され、結局衆議院の現有議席六三名のうち約半数が民主党へ合流。村山ら半数の三五名が社民党に踏みとどまる。
 このあたりの急転直下の動きについて、村山は前掲回顧録で「新党をしくじったのは、僕にも責任がある」と述べて、こんな「楽屋話」を披露している。
 「民主党が新党で、ほんとうにみなが結集できて、第二の保守党でない、社民リベラル路線が守られるなら、それも一つの道かもしれん。みんな行って、そういうものにしていけばいいじゃないか。労働組合も、それなら協力します。こういう話になったから、いっぺんは見切ったわけじゃ。」
 (しかし、民主党から丸ごとはだめと選別されたので、名代を三人(佐藤観樹、野坂浩賢、渡辺嘉蔵)送って、鳩山由紀夫と菅直人と交渉させたところ)
 「決着がつかない。それでこっちが党を挙げて行くことはならん、行ける者、行きたい者は行け。残る者は残ってやろうじゃないかという話になって、いまこうなったのじゃ」

 悪いのはさきがけの鳩山と菅といわんばかりの言説だが、どうみても問題は村山の読みの誤りにあった。
 初の「小選挙区比例代表並立制」となった第四一回衆議院選挙は、一〇月二〇日に行われたが、社民党が得たのは、離散して残った虎の子の議席をさらに半減させたわずか十五議席。かつて五五年体制時代は衆参で最大二百三十を超す議席をほこり、党名を改めるほんの半年前までは没落したとはいえ衆参で百三十を超える議席を有していた大政党が、衆議院で二十議席に満たない弱小ミニ政党に凋落するとはいったい誰が予想できただろうか。
 この無残な凋落を高木はただただ傍観するだけであった。民主党に合流した旧社会党のニューリーダーの中には、横路孝弘をはじめ、高木と近しい人も数多くいたが、高木個人は、社会党時代のように民主党結成のブレーンや演出家・脚本家を受けることはなかった。そこには、おそらく、二十代から三十年近くも公式・非公式両面から社会党のために演出脚本家をつとめてきたにもかかわらず、その舞台をついに実現できなかったという忸怩たる想いがあったからだろう。
 高木は、社会党に政権担当能力をつけ、自民党にかわる「よりましな政権」をつくるために、長年にわたって仕掛けをつづけてきた。しかし、最後の最後になって、細川政権、自社さ政権という大仕掛けの演出にまったくかむことが出来ないどころか、その大舞台に参加した社会党にみじめな道化役を演じさせることになったのは、なんとも皮肉というほかなかった。
 もはや旧社会党は政権交代・政治再編劇の主役はおろか脇役すら演じる力量もなく、その舞台から降りるはめになった。そして、その社民党の無残な末路に殉じる形で、高木もまた脚本家・演出家の役をひっそりと降りたのである。
(文中敬称略)







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