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評者◆杉本真維子
鼻の友人
No.2921 ・ 2009年06月13日




 鼻が痛いのはつらい。花粉症やアレルギーの人はこんなにつらかったんだな、と、ようやくわかった。風邪をひいてこの三日間、家でねこんでいて、今もフトンをかぶりながら、これを書いている。
 というわけで、今は鼻のことしか考えられない。夕飯に、ホイコウロウを食べたら、鼻を押えて蹲るくらい痛かった。香辛料が原因のようだ。それにしても、食事のたびに、鼻はこんなにも敏感に素材のにおいを受けていたなんて。舌の味覚のほうに気をとられて、鼻に何が起きているか、ほとんど注意を向けずにいた。
 寝床を這いでて、いろいろな環境で、鼻への刺激の度合いを調べてみる。すると、林檎の近くもだめ、本棚のちょっとした埃もだめ……、これって、風邪ではなくて、アレルギーじゃないのか、ということは病院で解決するとして、私は、鼻という形状がどんな激痛のなかでも不動であることに、あらためて気づいた。地味で硬派で、どこか崇高なものさえ感じる。そこが不気味でもある。目や口はうごくが、鼻は静かに鼻水をたらすだけである。なんて我慢づよい見かけを持っているのだろう。
 その立派な「鼻」に栓をするなんてやっぱりできないのだ。そんなヤワなものを詰めようという発想じたいが、鼻に対して失礼すぎるから、そもそも作られなかった、だから、今さらできたとしても、見た目が悪く感じてしまうのだ、たぶん。
栓に相当するものといえば、マスクがあるが、口と一緒にされたのでは鼻も不満だろう。「個別に扱ってくれよ」、口だってそう主張するかもしれないが、「繋がった器官なんだから仲良くやろうぜ」と、喉が慌てて仲裁に入り、和解する。そのチームワークに感動し、目は涙を流すのである。
 マスクの両端のひもを支えているのが耳である。遠くからそっと、とくに威張りもせずに、口と鼻と喉をフォローする。今のマスクは進化しているが、昔ながらのマスクは長時間掛けていると耳の付け根が痛くなった。そんなにまでして耳は……、と同情したくなったが、耳にとっては、自分のところにまで菌が侵入してこないようにするための防御策でもある。そんなふうに、なんだかんだいいながらも、彼らはとても仲がよさそうだ。
 顔のなかは、いろいろな関係の縮図みたいで、本人しか知らないプライヴェートなものたちがそこで大っぴらに会話をしている。だから、他人の顔をじっと見ることはそれを盗み聞きするようで気が引ける。私は、見られるよりも、見るほうに、何倍も抵抗がある。親でも家族でも、友人でも、何かが怖くて凝視はできないと思う。
 それなのに、恋愛だけが、その壁をやすやすと越えてしまうところがある。その間には何があるのか。一種の陶酔のようなものが、視線に、恐ろしいほど何かを無視して通過する力を与えているのだろうか。でも、今は鼻が痛くて考えられない。







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