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評者◆増田幸弘
携帯電話の万歩計から
No.2922 ・ 2009年06月20日




 いま愛用しているノキアのN82という携帯電話に、Step Counterという万歩計のアプリケーションを入れている。これはノキア純正のソフトで、携帯電話についている加速度センサーを利用して動くのだという。単に歩数をカウントするだけではなく、一日あたり、週あたり、あるいは月あたりの統計もあり、なんだかゲーム感覚で自分の足跡を感じることができる。

 振っただけでも歩数が加算されたりするので、必ずしも正確なものではないだろうが、一応の目安にはなる。わざわざ万歩計を腰につけるなんて、なんだか大げさだと感じてしまうぼくのような人間でも、携帯電話の機能のひとつとして万歩計が身近なものに感じられるようになった。

 万歩計を日常的に身につけるようになると、いろいろなことに気がつくようになる。原稿を書いたり、編集作業をしたりしていると、これが実に歩かない。1日1万歩は歩くようにしたほうがよいといわれているそうだが、自宅で仕事をしていることもあって、ほとんど歩くことがないのだ。忙しく、机にかじりついているような日だと、1日1000歩もいかなかったりする。

 これはやばいのではないかと自覚し、朝昼晩、食事のあとに家の近くにある森のなかの道をぐるりと散歩するようになった。その森には野鳥がたくさんいる沼が二つあって、1周するとちょうど3000歩になる。それを朝昼晩。これでなんとか1日1万歩程度、コンスタントに歩くようになった。

 一方、取材旅行に出かけると、これが実によく歩く。朝5時には街を歩きはじめるている。早朝のほうが観光客がいなかったりして、街の素顔を垣間見ることができるからだ。街を知るにはいちばんいい時間帯である。朝市の準備をしている様子などは活気があって、見ていて楽しい。

 万歩計を使うようになって、おもしろいことに気がつく。取材の初日から日程の半ばあたりまで、朝から晩まで歩きつづけ、1日2万歩から3万歩のあいだで推移している。とくに情報がうまく得られないときや、天候不順で撮影に苦労しているときは歩数が伸びる。時間がないから昼食にありつけなかったり、ホットドッグを歩きながらほおばるだけの日もある。そんなとき日本の立ち食いそばや、吉野屋のように、早く食事がすませられる店を思い出す。日本のように安くておいしい店は、ヨーロッパの街にはまずない。マクドナルドはたいていの街にあるが、毎日食べる気にはとてもなれない。

 2万歩を超えると、だんだん足も疲れ、歩くのがいやになってくる。喫煙者だったり、コーヒー好きだったりすれば、ちょっと一休みというところなのだろうが、あいにく煙草はとうの昔にやめてしまったし、コーヒーもとりたてて好きなわけではない。だからペットボトルの水を歩きながら飲むくらいですませてしまう。撮影機材のほかにも、取材先で入手した資料や書籍などを手にしていると、だんだん重みが肩に食い込んでくる。それでもあと一踏ん張りと、また次の取材先へと向かう。そうこうしているうちに、万歩計の数字は3万歩を超える。

 歩いていると、いろいろなことに気がつく。街の規模、人の表情、店に売っているもの、古い時代の痕跡。そうしたものが一つひとつ積み重なていくことで、それまで見えなかったものが見えてくる。取材先の人が好意からクルマで案内してくれるときもあるのだが、そんなときもあとから同じ道を歩いてみるようにしている。歩くと決まって新たな発見をする。

 見えなかったものが見えてくると感じるのは取材も半ばになってからのことだろうか。苦戦してそれがずれ込むこともある。見えてくれば、お店にはいって食事をする余裕が出てくる。取材のあと、ふらりと飲みに行ったりするのはそのころからである。そうするとまたいろいろなことがわかってきたり、新たな情報を得られたりする。そのころには歩数は2万歩いくかいかないかという感じに落ち着く。

 足で稼げ、と駆け出しのころ、先輩記者によく諭されたものだった。資料を中心とした記事を書いたら、これは記事ではないと叱られたこともある。そのときは反発を覚えたが、取材不足を資料でごまかそうとしていたのはたしかだった。インターネットがどれだけ普及し、情報が容易に得られるようになったいまでも、足で稼げという教えの意味はまったく変わらないだろう。そればかりか、よけいにその意味が増しているような気がしてならない。

 もうすっかりぼくも中年オヤジとなり、若いころのように疲れ知らずというわけには正直いかなくなってきた。そこでショッピングカートをちょっと改造して取材の鞄に使ったり、重たいハスキーの三脚をジッツォのカーボンにしたりして、負担をできるだけ減らそうと工夫している。そんなふうにしてでも、自分の足で歩ける限り、足で稼ぐ取材をつづけたいものだ。








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