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評者◆杉本真維子
押入れのなかの異性
No.2929 ・ 2009年08月08日




 押入れという場所は、子どものころの記憶が眠っているところだ。夜、薄くあいていたりすると、なかを覗くのが怖い気がする。開けっ放しだと、だらしがないなあと思って、ぴっちりと隙間なく閉めたくなる。
 女の子が、ひとり、押入れのなかへ連れられていくのを、保育園のお昼寝の時間、私は見たことがある。なかにはひとりかふたりの男の子がいて、いったい、このなかで何が行なわれているのか。すでにわかっているような、わからないような、でもそれ以上は思考も感情も届かないような感じ。なんとなく、「悪いこと」かな、と思った。でも、悪いことって、どんなことだろう。
 しばらくしたら、ぼうっと赤い顔をして、女の子が押し入れから這い出てきた。焦点があわないような、見慣れない脱力感が、彼女には漂っているように見えた。どうしたの?とは、誰も聞かなかった気がする。あれは、なんだったのか。そのあとも、端から次々と、女子が連れていかれ、私もそのひとりで、同じく、赤い顔をして出てきたような気がするのだが、中で何があったのか、そこだけがすっぽりと抜けていて思い出せない。
 まさか性的ないたずら? でも、4歳たらずの幼児が、そういう認識で何かを行っていたとはとても思えない。そこで、きゅうに記憶が交差するのが、冬の時期、炬燵に頭まで潜って、いとこと会話していたときのことだ。互いの頬が、オレンジに染まって、くぐもった声で、くすくすと笑いあう。そのうち、熱くなって、炬燵から出たとき、部屋の空気の清涼感が、今の炬燵のなかでのひとときを、ぴしゃりと封じこめて、二人だけの、特別なものに変えた。
 でも、そんなことについて、誰かと語りあったことはない。言葉にはならない、ほんとうにささやかな、秘密の共有みたいなものは、けっこういろいろな場面に散らばっている。たとえば、雨の日、一本の傘のなかで、気の合う友達と歩いた通学路とか。傘の外でざあざあと降る雨が、外界を遮断して、たった二人だけの世界がそこにあった。その密閉した空気のなかに、すこしでも「悪いこと」という気持ちが混ざったとき、つまり、夢か現実かわからないが、あの押入れのなかで、私は初めて、異性、というものに出会ったのではないかと思う。







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