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評者◆杉本真維子
離れた会話たち
No.2950 ・ 2010年01月23日




 落合皎児さんは長野市在住の画家である。若き日に18年間スペインで生活し、ジュアン・ミロに版画の刷りを任された日本人画家としても知られる。私は2006年に彼と詩版画集「LES VESPRES(夜明けの祈り)」を共同制作する機会に恵まれ、新宿の紀伊国屋画廊で発表したことがあった。
 落合さんはときどき夜中に「ポケット辞典がポケットに入らないんだけど…」と、別にいま言わなくてもいいような面白いことを電話でつぶやく。彼によると掌を余裕ではみだすくらいの大きな辞典だというので、私は「へえーそうですか」のあとの言葉が続かなくて、頭のなかが「?」になる。うまく説明できないのだが、落合さんの言葉は何かが絶妙で、いつもあとになってからくすくすと笑いがこみあげてくる。
 その落合さんと今年の9月に、ジュネーヴで新作の詩版画集を発表することになった。詩版画集というと本を想像する人も多いが、縦60センチ以上ある大判の「作品」だ。印刷はフランスでするとのことで、手書き原稿が早急に必要になり、万年筆のインクが一日でなくなるくらい何枚も書いた。そのときの精神状態で文字のかたちが違ってくるのだけれど、どの状態で書いたものが自分の腑に落ちるかという基準がわからず、ひたすら書いてみるしかなかった。
 そんなこんなで、やっと出来上がり、今後の打ち合わせを電話でしていると、落合さんが「遠いんだよ、ほんとうに遠い」とつぶやいた。画廊との連絡のやり取りのことで、スペイン語が堪能な落合さんには言葉の壁はないはず、と意外に思ったが、ちょうど私も別の事柄で「遠さ」について考えているところだったので、その意味がよくわかった。
 地理的に離れていると、何もかもが遠い。普段、心だとか、詩だとか、目に見えないことばかり考えているので、単純に物理的に遠いということについて、あまり考えたことがなかった。どんなにインターネットが普及して、メールが一瞬で届くようになったとしても、当然ながら、物理的な距離は縮まることがない。相手が今どんな状況で、何を考えているか、言葉で情報を交換しあっても、言葉の周辺にあるものが見えないから、互いへの理解が穴だらけになる。
 その遠さは、二人の人間が50メートルくらいの距離を開けて対面し、会話する状態と似ている。うまく聞き取れないから、何度も聞き返したり、聞き間違いが生じたりするが、子どもの頃は、そういう、離れた会話、というものがよくあった。学校帰りに友達と手を振りながら、だんだんと離れる、ということをした。
 「じゃあね~、また明日ね」「うん、じゃあね~」「あれ、明日って、お弁当いるんっだっけ?」「何がいるって?」「お弁当だよ」「めんとうって何?」「ちがう、弁当」「は?」「まあ、いいや、またね!」「うん、またね!」という調子で。
 会話が成立せず、中断したまま、別れるのだが、地球の裏側の誰かと話そうとするときは、まさにこんな状態に置かれている。大人になるとこういう行動をしなくなるのは、円滑なコミュニケーションを学習した結果、なのだろうか。
 それでも、この学校帰りの会話がどんなに破綻していようと、実際の関係にはとくに影響した覚えがないことは、大切に心に留めておきたい。この一点を信じて手離さないことのなかにしか、距離という魔物に、人間がのみこまれない方法はないように感じるからだ。何も付与せず、何も差し引かず、人とのあいだに生まれた信頼を、ただ事実として守ること。そんな賭けとも祈りともいえるような透明なおこないに、最近、ひかれている。
 では、WEB限定の「裏百年まち」は、今回でおしまいです。次回からは、本紙でお会いしましょう! 伸縮自在なネット連載を楽しませていただきました。読んでくださっていた方、本当にありがとうございました。







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