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評者◆杉本真維子
雪の宣誓
No.2955 ・ 2010年02月27日




 明日は雪になりそうだね、という一通のメールをもらって、その言葉に込められている雪への期待のようなものを、見つめていた。私にも、そんな期待はあるだろうか、と問うたとき、ない、という声が自分のなかから上がった。むしろ、雪が降るという事態に身構えるものを感じ、かちっと心に、鍵のようなものがかかる。雪をめぐる鍵――そんなものを持っていることに、以前、雪の多い地方で生まれた友人と話していて気づいた。彼女は、豪雪で有名な新潟の十日町生まれなので、長野生まれの私とは比べものにならないほどの雪を経験しているが、その彼女も、同じような鍵を持っているらしい。
 それがどんなものなのか、言おうとすると、どうしても、無理に言葉にしている、という引き攣れが、心におこる。その違和感をはねのけて言ってしまえば、「私はこれくらいの雪では絶対に転びません」といった感じの、雪を前にした宣誓があるのだ。
 なんだろう、これは。他人に聞かれたら、笑われそうでもある。雪への恐れだとか、自信、意地であるなら、説明もしやすいが、じつのところ、感情ですらない何かだ。それが、ちょうど雪の質感でどさっと心の底に置かれ、自動的に、私のなかの、固い宣誓がうながされる。子どものころに、もう嫌になるほど、散々雪で転んだ、という記憶が、あるからだろうか。それが知らぬ間に習練となって積もり、気概のようなものとともに、私を雪へむかわせる。そして、その繰り返しもまた、雪そのもののように感じられるのだ。
 朝、きれいに積もっていた雪も、下校時間には、凍った部分とぐちゃぐちゃに解けた部分が、うす灰色の筋状になっていて、きたなかった。凍った部分の筋の小さな傾斜は、日が落ちるほど、硬く、鋭く、氷そのものになって光った。小学1,2年生のころの登下校時は、みんなスキーウエアのような防寒着を纏っていた覚えがあるが、氷はその丈夫な素材のずぼんも破き、ときどき手のひらも切った。転んだときのかなしさと、よごれた雪のかなしさは、よく似ていた。
 こんな場所、どうやったら通れるのかと嘆きたくなるような凍結した道も、帰りの通学路には出来ていた。そのスケートリンクのような難関をくぐらなくては家に帰れないので、おそるおそる友達と手を繋いで通るが、やはり転ぶ。一人滑れば、ばたばたと全員、道連れになって、豪快に、路肩から車道へ飛び出してしまうほど転んだ。今考えると、あまりにも危険で、よくひかれなかったな、とひやひやする。
 これらのささやかな習練みたいなものの、成果がほしいという欲望が、あるのかもしれない。だから、ひとりひそかに、雪がほとんど降らない東京でも、しぶとく試そうとしている。こんなこともまた、失われた幼年期へ復讐だろうか、といえば、大袈裟だが、復讐であろうと何であろうと、過去の出来事を乗り越えるかのように試す機会を、可能性として持っている、と感じられることは、幸いなことだ。雪をめぐり、生のふくよかな円周に触れ、今年もきっと、透明な右手を挙げて、雪の宣誓をする。
(詩人)







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