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評者◆林博史
日本軍「慰安婦」問題に不可欠な事実の実証と構造的な認識――日本軍はどのように女性たちを「慰安婦」にし性暴力を強いたのか
No.2969 ・ 2010年06月12日




 日本軍「慰安婦」制度の全体像を描いた最初の成果の一つが、吉見義明・林博史編著『共同研究 日本軍慰安婦』(大月書店・本体2524円、1995年刊)だった。
 被害者の証言に加えて、93年に設立された日本の戦争責任資料センターによって日本軍公文書や元将兵らの戦記・回想録の調査がおこなわれ、それらの諸資料をふまえて、9人の共同作業で生まれたのが同書である。このなかで「慰安婦」制度の仕組みが明らかにされるとともに、本国日本、植民地の朝鮮・台湾、中国や東南アジアなどの占領地のそれぞれの地域における女性の徴集方法の違いや慰安所の特徴が示された。それまでは「慰安婦」のほとんどは朝鮮人と思われていたが、中国など占領地の女性も多数「慰安婦」にされていたことが明らかになった。
 「慰安婦」問題が社会的に注目されるようになると各分野の研究者も発言するようになった。「慰安婦」研究の第一人者である吉見義明氏を「実証史学」と批判した上野千鶴子氏や、民族差別とナショナリズムの問題について徐京植氏、哲学から高橋哲哉氏、そして吉見氏を含めた4人のシンポジウムの記録が、日本の戦争責任資料センター編『シンポジウム ナショナリズムと「慰安婦」問題』(青木書店・本体2500円、1998年刊、新装版2003年刊)である。ここにはシンポジウムをふまえての4人を含めた計8人の論文も掲載し、問題を深めている。
 同書は論争的な本であり、さまざまな読み方ができる。フェミニズムとナショナリズム、植民地支配との関係、事実の実証と記憶との関係、「日本人」として責任をとるとはどういうことなのか、など「慰安婦」問題をめぐる主な論争点がすでに議論されている。事実を実証する作業を否定し、事実は一つではなく、見方・立場によって多様であるというある種のポストモダンの議論が、歴史とは物語であり、「慰安婦」制度は悪くなかった、南京虐殺はウソだというような歴史修正主義の議論と親和的になる危険性も本書の議論の中から感じる。またフェミニズムが帝国主義国の中産階級の女性たちの中から生まれたことを考えると、植民地主義への反省的な視点が不可欠であるが、その問題も本書ですでに議論されていることがわかる。
 その後の研究の進展のなかから3冊を紹介しておきたい。
 一つは、石田米子・内田知行編著『黄土の村の性暴力――大娘たちの戦争は終わらない』(創土社・本体2800円、2004年刊)である。これは中国山西省での日本軍による性暴力について、徹底して被害者に寄り添って聞き取りをおこなってきた人たちが、日本軍や中国側の資料もあわせて性暴力の実態とその背景、さらには被害者たちの戦後史を描いたものである。文献と証言をあわせた事実の実証と、被害者の生き様を総合したすぐれた成果である。
 日本・沖縄・韓国の人々の共同作業により、2008年、宮古島に日本軍「慰安婦」を追悼する記念碑「アリランの碑」が建立された。その碑ができるまでのプロセスと聞き取った多数の地元の人々の証言、日本軍資料などをまとめたのが、日韓共同「日本軍慰安所」宮古島調査団著、洪 伸編『戦場の宮古島と「慰安所」』(なんよう文庫・本体1714円、2009年刊)である。「過去の克服」の取組みが共同で未来を創る作業でもあることを示してくれる。
 最後に筆者も参加した共同研究の成果であるが、宋連玉・金栄編著『軍隊と性暴力――朝鮮半島の20世紀』(現代史料出版・本体4300円、2010年刊)を挙げたい。
 日本の植民地支配の始まりから今日に至る朝鮮半島の100年を日本軍・米軍・韓国軍と性暴力・性売買との関連から実証的に明らかにしたものである。従来の研究にはないスケールの大きい研究である。
 残念ながらこの間、記憶や言説ばかりが強調され(その重要性は否定しないが)、事実の実証や、問題の構造とその認識を軽視する傾向が強い。日本軍がどのようにして女性たちを「慰安婦」にし、性暴力を強いたのか、という仕組みは被害者の記憶からはけっして出てこない。そのためには事実の実証と構造的な認識が不可欠である。ここではそうした課題に取り組んだ文献を取り上げた。
(関東学院大学教授・現代史)







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