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評者◆杉本真維子
心が狭いだなんて
No.3017 ・ 2011年06月11日




 東日本大震災の直後、ACジャパンのCMが連続で放送された。いま被災地はどうなっているのか、気が気ではなくニュースに釘付けになっていると、茫然とした頭に同じ言葉が繰り返し入ってきた。それは身体的には、ぼんやりとした無抵抗感でもあった。
 自粛したスポンサーの穴埋めなのだから仕方がないとしても、その頻度と内容の選択には一考の余地があったと思う。のちのニュースで、この件に何らかの不快感を覚えた人からACに多くの苦情が寄せられ、中には脅迫文まであった、ということを知った。さらに苦情を寄せた人に対する批判も数多く上げられ、そのほとんどは、「こんな状況のときに、CMくらいで何を言っているのか!」「被災者の気持を考えたら、これくらいで苦情だなんて、心が狭すぎる!」という声で占められていたようだ。
 けれども、ほんとうに「心が狭い」といえることだろうか。脅迫文まで送るほど強い怒りを覚えた人が、苦痛でたまらなかった理由は何かと考える。おそらく、「あいさつの魔法」や「思いやりを行為に」、金子みすゞの「こだまでしょうか」ではない。もうひとつ別のシリーズ、震災との関係性が不明確な、子宮頸がん検診と脳卒中についての啓発CMのほうだと思う。私もあの母子の言葉に隠れた、残酷な二面性に、落ち着かないものを感じていた。
 「38歳のとき、子宮頸がんを発症しました。娘の仁美には私と同じ思いをさせたくなかったから、二人でずっと一緒に定期検診を受けています。」
 がんと遺伝性。そこに焦点を当て、「そういう人」が多いからこそあの設定で作られたことの裏側。そこでは、「○歳のとき、子宮頸がんを発症しました。娘にも同じ思いをさせたくなかったのに、私が検診をすすめなかったせいで……」、そんな辛い言い換えと涙が、必ずどこかで流されていた。促進の言葉は「既にそれが起こってしまった人」にとっては、自責の念を強くする材料にしかならない。放送しないで、というのではなくて、あの頻度と理由づけを強調するフレーズは、そういう人たちの痛みを切り捨てた上にあることを思う。じっさい私の身近には、このCMに切り替わったとたん、身体が震え、リモコンのボタンを押し潰すようにチャンネルを変えた、という人がいる。
 さらに「被災者の気持を考える」というなら、「スピードが命なんだよ」の猛烈なリピートのほうこそ、考えていない、ということになる。被災者はCMを見られる環境になかったと思うが、津波が襲ってきた瞬間、まさにその「スピード」に間に合わず、大切な人を目の前で失った人が、逃げ遅れてしまった人が、どれだけいるだろうか。目的はちがっても、言葉は言葉として、ときに独立して迫ってくるものだ。
 こういうことを思うのも、たぶん私自身が、子宮頸がん検診のCMがきっかけの一つとなり、役所からの検診案内に、ようやく重い腰を上げた一人だからだろう。画面には決して現れない誰かの自責の涙と引き換えに、自らの安心を得た、ということが、リピートされる言葉の隙間を破って、あるとき、真っ直ぐにこちらに突きつけられた。
 ひとつの言葉によって救われる人もいれば、その同じ言葉で深く傷つく人がいる。脅迫文まで送った人は、きっとそんな苦しさに耐えられなかったのではないだろうか。心が狭いだなんて、責めないでほしい。どんな「優しい」言葉にも二面性はあるのだ。
(詩人)







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