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評者◆志村有弘
〈老〉・〈病〉・〈死〉の文学――老いの日々と心境を綴る矢野健二(「残党」)、おのれの道を歩み続けた男を描く本宮典久(「高知文学」)、詩人鈴木政輝を視座とする東延江のエッセイ(「流域」)
No.3214 ・ 2015年07月11日




■老・病・死は、生きるもの全ての宿命である。宮路嘉六の小説「老残」は、過去半生を振り返り「慟哭したい気持」で書いたというが、その詩情をたたえた老愁は読む者の胸を打つ。
 矢野健二の小説「今年、最後の便りです」(残党第40号)を読み、ふと「老残」を想起した。語り手を「私」とは書いていないが、この語り手を作者自身と見て差し支えないと思う。高校教師を辞めた後、花の写真を撮影し、今は巨木巡りをしている。こう書くと優雅な生活と思われがちだが、作者の心境は決してそうではない。この作品も「身仕舞いの一環」として書いたもので、スナック「窓」で親しくなった人たちも次第に他界し、同級生の集まりも最後にしようと思っている。電気の通らぬ頃の屋久島に生まれ、「窓」から「未来の広い世界」を夢見ていたといい、「窓」の文字が出てくる歌「蛍の光」や「旅愁」・「北帰行」が好きで、そうしたことからスナックの「窓」という看板に魅かれて店に入ったのだという。年寄りの「孤独死」は悲惨でも不幸でもないが、自分の身を自分で処理できなくなったときが問題で完全看護の手続きをするか、動けるうちに「自裁」するか、その決定が「大事だと思っている」と結ぶ。徳川家康が武蔵野の大地を均し、車社会が高低の少ない坂に均したことに触れ、「近代」とは「何事においても平坦にすることなのです」という考えさせられる文章もある。淡々とした文章の展開の中に作者の素直な心情吐露が哀しく響いてくる。
 本宮典久の「銀色の径」(高知文学第41号)は、父が保証人になったことで全てを失い、雪が吹き込む家に住むようになった少年(義一)の生涯を描く。けなげに明るく生きた母が病死し、まもなく弟も四歳で病死した。少年は父と二人の生活をし、やがて警察官となったけれど早期退職し、念願であった神職に就く。義一も今は八十六歳。親しい従兄弟の勘吉も体がよくない。義一は十年前に脳梗塞を患い、ときおり故郷のY町に思いを馳せる。作品末尾、義一に訪れる死の光景は幻想的で美しくさえある。〈銀色の径〉とは浄土への径。登場人物も全て善人。佳作である。
 岡本涼の「骨上げ」(四國作家第47号)は、母が八十六歳で死去し、その荼毘の模様を綴る。母は先夫が戦死したため再婚し、兄と「私」が生まれた。母が五十二歳のとき、死んだ父は土葬にされた。母は父の側に土葬されることを願っていたが、老いと共に土葬のことは言わなくなった。荼毘に付されたばかりの母の骨に「懐かしい母だけの匂い」を感じる。父は「私」が二十一歳のときに死んだが、父の死を受け止めることで精一杯で、母の気持ちを思いやる余裕はなかった、と記す。切り詰め過ぎている印象は、推敲の跡を示すものか。
 森窪草一郎の短篇「ついのすみか」(高知文学第41号)は、七十四歳と五か月で他界した男の墓の中からの独白。三十そこそこで大腸がんで死んだ菊地、山崩れに襲われて二十八歳くらいで死んだ藤沢、スポーツ万能であったのにやはりがんで死んだ本山、と会社の同僚の死が語られる。人の死を視座としているのに、方言で展開する語りが明るい雰囲気を作り上げている。
 歴史小説では柿崎一の「落とし穴――肥前島原の大名有馬氏」(群系第34号)が文句なしの力作。長崎奉行たちの仕組んだ罠で切腹させられたキリシタン大名有馬晴信。その子の直純は棄教して父の跡目を相続したが、延岡に国替となったとき家臣の半数以上がついてこなかった。直純の苦衷、岡本大八と長崎奉行長谷川左兵衛の策謀がよく描かれている。
 〈死〉といえば、下山稜一の「喉仏を最上に置くならわしの骨壺の哀れ木造りなりき」・「母逝きて田井安曇逝き従兄弟逝き常なることであるか戸惑う」(綱手第323号)の歌があり、萩原千也の「誰も居ぬ家に帰り来し兄の骨朝夕に来てわれは香たく」(新アララギ第209号)、高昌の「面影の友しのびつつ野辺送る野分にすさぶ芒野の原」(花の室第21号)の歌が寂しく哀しい。
 さとうゆきのの詩「亡き夫に捧げる三片の詩」(海峡派第133号)は、亡夫に思いを馳せた「仏飯」・「盗んだ花では」・「起すなよ」の三篇。剽軽で道化た表現をしながら、詩人の悲しみが行間に滲み出る。見事な詩だ。
 エッセイに力作が多かった。東延江の「裏町の鬼才達――詩人鈴木政輝の東京時代」(流域第76号)は、旭川の詩人鈴木政輝の生涯を記しながら東京にいた頃の姿を浮き彫りにする。鈴木の師である萩原朔太郎をはじめ川端康成・堀辰雄・小熊秀雄らとの交流が、鈴木の回想や詩を資料として綴られており、東も鈴木と交流があったことから、貴重な文壇資料を作り得ている。小山多由美の「作家・檀一雄と能古島――「花逢忌」のことなど」(季刊午前第51号)は、自宅にある檀の絶筆「モガリ笛いく夜もがらせ花に逢わん」の色紙のこと、名作『火宅の人』についての感懐、能古島での花逢忌の模様を記し、忌の主催者織坂幸治の檀の人柄を伝える言葉が心に残る。「群系」第34号が「昭和戦後の文学」を特集しており、島尾敏雄や埴谷雄高らの作品に関する労作・力作論考が並ぶ。
 詩誌「Zero」が創刊された。同人諸氏のご健筆をお祈りしたい。「AMAZON」第471号が射場鐵太郎、「豈」第57号が渡部伸一郎、「海」第91号が間瀬昇、「小説家」第142号が結城五郎、「青滋」第34号が白崎昭一郎、「東京四季」第108号が大塚理枝子(含訃報)。衷心よりご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)

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