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評者◆神山睦美
公共のテーブルとは人間と人間が共に存在し関係しあう場にほかならない
No.2930 ・ 2009年08月15日




 これをホッブズの、万人の万人に対する闘争にならって、万人の万人に対する略奪といってみるならばどうでしょう。プライベート(「欠如した」「奪われている」)というのは、いかにも被虐的な言い回しに聞こえますが、実際には、奪い―奪われる生という方がぴったりきます。アレントは、人間どうしの自然状態を統治する形態として近代国民国家を構想したホッブズのように、この万人の万人に対する略奪のうえに公共的領域を打ちたてようとした。こう考えると、例の公共のテーブルという卓抜な比喩が真価を発揮してきます。
 パブリックとはもともと世界そのものを意味する概念であって、公共のテーブルが意味をもつのは、そのような、すべてのものに共通した世界においてであると、アレントはいいます。それは地球とか自然といった有機的生命にかかわる空間ではなく、人間と人間が共に存在し関係しあう場にほかなりません。この「世界」は、本来、多様な人間どうしを結集させると同時に分離させ、そのことによって共通するものへの関心を絶やさせないようにする場であるということができます。
 こういう世界のなかに共生するというのは、あたかも大きなテーブルが、その周りに座っている多様な人間たちの真ん中に位置しているようなものといえます。様々な物や事からなる世界が、それを共有している人間たちの真ん中にあり、世界は、すべての介在者と同じように人間たちを結びつけたり分離したりして、実効的な関係をそこに現前させるのです。アレントは、公共のテーブルというたとえを通して、パブリックというものが、多様な人間の結集と分離を通して、普遍的な領域に打ち立てられるありかたを示唆しているといえます。
 しかし、問題はむしろその裏にあります。このようなテーブルの置かれた部屋の外では、膨大な数の人間が、ニアミスのようなすれちがいをくりかえしながら、衝突し、相手を倒し、その存在を奪うような仕方で、たがいに対抗し合っている。「大衆社会をこれほど耐え難いものにしているのは」といった言い回しがされるのですが、アレントは『全体主義の起源』のこのくだりにおいて、近代以後の社会が、公共のテーブルよりも前に、こういう群衆状態をもたらしていたということを告げようとしていたといえます。
 公共のテーブルとは、古代ギリシアのポリスに成立していたものとは必ずしもいえないということが、ここからも明らかになります。むしろ、『全体主義の起源』でリアルな分析をくわえた十九世紀から二十世紀の社会に特徴的な状況、経済社会状態の停滞とともに脱落者と転落者が大量生産され、一人一人ばらばらに切り離されながら、たがいにたがいを敵とみなして、アナーキーに凌ぎをけずり合うような状況の対概念として出てきたものといえます。万人の万人に対する略奪を常態とするような状況を、どのようにのりこえるかという関心から現れた概念といえばいいでしょうか。
 ところで、ここまでの考察ではこれをプライベートな状況とみなして、公共のテーブルをどうしても必要とするような不全のありかたと考えてきたのですが、どうもそれだけでは少しあいだが抜けているような感じがしてならない。アレントが、プライベートというときには、やはりポリスに対するオイコスがイメージされているので、そこには、奪い―奪われるといった状況はそれほど強く投影されてはいないからです。むしろ、ここに、私的というだけでなく親密なといっていいような人間のありかたをおいてみるならば、事態はよりはっきりしてくるのではないか。プライベートとかプライバシーに対して、インティメートとかインティマシーといわれる領域です。
(文芸批評)
――つづく







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