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評者◆高橋宏幸
異郷のなかで――唐十郎・作、蜷川幸雄・演出『下谷万年町物語』(@シアターコクーン)
No.3063 ・ 2012年05月26日




 唐十郎・作の『下谷万年町物語』が、シアターコクーンのリニューアル記念公演として、蜷川幸雄の演出で再び上演された。一九八一年に西武劇場(現PARCO劇場)で、二人の手によって初演されてから、およそ三〇年の年月を経たことになる。その時間の経過は、否応なくこの作品に影を落としている。少なくとも、単に三〇年前の作品の再演と片付けられない要素がある。
 そもそも、この戯曲の物語自体が、作品を取り巻く状況と同様に、過ぎさった時間への眼差しによって描かれている。物語は非常にシンプルだ。かつて「オカマ」が大挙して屯していたとされる下谷万年町を舞台に、ある「オカマ」の情夫であった青年が、その町をぬけ出す。それを少年が連れ戻そうとするなかで、ある女と出会い、三人で軽演劇の一座を立ちあげる。公演をしようと試みているときに、その女の過去と他の登場人物が結びつき、それによって青年は殺され、踊り子もどこかへと消えていくというものだ。むろん、ここにいくつもの複数の筋が絡まって、物語は一見しただけではわかりにくいものとなる。
 そして、この物語を大人になった少年が、冒頭と最後のシーンで、過去に想いをめぐらしながら語るのだ。つまり、そこで起こった出来事を回想し、あれだけ大挙していた「オカマ」たちの町、そして都市モダニズムを代表する浅草という街の隆盛も消えていったことを想起するのだ。
 だから、物語という作品の内部と外部ともに、それはかつてありながらも消えていったもの、過ぎた時間そのものを見つめる。おそらく、西武劇場で上演された時も、東京という都市の欲望の中心地が、新宿から渋谷へと移ったように、かつての中心地であった浅草の盛衰が重なるという二重の意味が含まれていたはずだ。
 今回の上演では、そこからさらに三〇年後にもう一度上演されるという、幾重にも過去を見つめるフィルターがかかる。現在の地点から、バブル景気へと突入する三〇年前の渋谷で上演されたということを見つめ、そこからさらに下谷万年町や浅草を見るのだ。
 だから、そこにはノスタルジーという要素は否応なくはらまれる。しかし、蜷川幸雄の演出も、大人となった少年をWキャストで演じた唐十郎も、その物語がもつ郷愁への念に対して、徹底的に禁欲的であろうとした。いわば情感を誘うことに偏らない。
 そもそもノスタルジーを感じることは、なにも老いたものの特権性ではない。むしろ、若年層の方が、かつてありえたかもしれない近過去の可能性を感じるものだ。たとえば、八〇年代の若者小劇場ブームの作品の表象の一つにはノスタルジーがあった。また、現在でも今年の岸田戯曲賞を受賞した若手の藤田貴大などは、作風としてノスタルジーがある。いわば、若者たちを中心とした演劇こそが、実際にどうであったかを問わず、かつて自分が輝いていたかもしれない世界をノスタルジーとして感じてしまうのだ。
 しかし、今回の『下谷万年町物語』でもそうだが、唐十郎の作品は、たとえシンプルな構造であっても、輻輳していく筋は、理路整然と説明されることを拒否するかのように、ノスタルジーに耽溺することをさける。その何かから逃れるような疾走感は、なにも物語だけではなく、今回の俳優の演技と演出とあいまって、決してわかりやすく観客には提示されないことに示されている。
 E・W・サイードは『オリエンタリズム』で、サン・ヴィクトルのフーゴーの『ディダスカリコン』から「故郷を甘美に思うものはまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である」という言葉をアウエルバッハの影響のもとにひいている。「世界を異郷と思うこと」、それはどこかにある異郷を求めることではない。いま、こここそが異郷であるということだ。おそらく、今回唐と蜷川が目指したこと、それはアングラが目指したことと言ってもいいが、かつてありえたかもしれないユートピアとしての場所を失くしたことでその場所をノスタルジックに想うのではなく、今上演されているこここそが、異郷であることを示している。
 シアターコクーンを大挙する「オカマ」たちによって、異郷にするのではなく、ここもまた一つの異郷に過ぎないと気づかせること。『下谷万年町物語』とは、そういう作品といっていい。
(舞台批評)







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