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評者◆石黒健治
写真のエロスについて――藤田満写真集『麦藁帽子』を見る
麦藁帽子
藤田満写真集
No.3311 ・ 2017年07月15日




■まず、というよりいきなりわれわれが出会うのは、斜め10度に傾いた画面いっぱいのお寺である。そのうしろに足尾銅山らしい禿げ山が覆い被さるように迫っている。
 次におびただしい墓の向こうに、冷え切って煙のない煙突と、いまは無人らしい炭住(鉱住というべきか)。そして、荒廃した河川や鉱山まわりの廃墟の風景がつづく。どれもこれもその背後から常にのしかかってくる禿げ山の下で、写真は黒々と黙りこくったまま、足尾銅山と渡良瀬川の惨事を語っていく。これはもはや風景写真ではない。
 区切りを示す白いページのあと、〈家〉が始まる。
 雨に降り込まれている民家の中に入れば、芸術作品のような陶器の便器。古風な茶箪笥の引き手。顔を覆った内裏雛など。古い日本の住まいや暮らしの残像ではあるが、違う。民話の中でのみ語られる家風とか家訓のような写真とでもいえばいいか。
 次のシークエンスは〈アルル〉へ飛ぶ。
 視線は特に変わるわけではない。
 人が初めて出てくる。後ろ向きだ。猫と犬も1頭ずつ。7頭の馬の群れ。この200ページの写真集に、生きものは3枚だけだ。
 穴から覗くような風景。
 南仏の廃墟が斜め10度に傾いでいる。このとき、冒頭に見た斜めのお寺が、何かの前兆だったことに気づくのだ。
 〈渡良瀬川 谷中村跡〉では、地平線は画面の下方に下がり、風景は明るくなる。野の墓地に白雲が浮かんでいる。
 しかし、山を離れ海に出る〈有明海〉では、開放へのわずかな期待は裏切られ、暗く冷たい、厳しい海に直面させられる。
 6番目のシークエンス〈1枚の海〉を開く。相変わらずモノクロームに閉じ込められた海だ。
 突然、夕闇迫る港に繋がれた船の何かが、それは寒風になびく旗だとすぐにわかるのだが、その旗だけが赤い!
 次の写真、見ているうちに空だけがわずかな青ににじむように染まってくる。気がつけば、捨てられたゴミが色づいている。トタンの壁の錆色。ついには倉庫の壁に描かれた魚が色彩を持っている。
 モノクロの写真は抽象作用が働き、それがいまでも人気がある理由だが、カラーは、バラエティ番組を色ものというように事象を一挙に風俗化することも事実だ。が、もちろんこの色は違う。
 人ひとり居ない、重い沈黙の風景。そのモノクロ写真の奥底から、たまりかねたように出現してきた色彩に、思いがけない写真のエロスを感じてしまうのだ。
 さて、写真集の半ばを過ぎたあたり、〈在所〉が始まる。これは、6年前に「写真の会賞」に選ばれた写真集『在所』からの抜粋に新作を加えた再構成である。在所の英文にhomelandとあるから、村落の意味だと思うが、村の成り立ちや人の暮らしが創り上げた空間を明快なモノクロ写真に写し出している。
 各ページのクレジットを見ると、奈良の写真の対向ページに千葉、佐渡の隣に宇和島と日本全国の写真がなんの違和感もなく並んで、一つの在所を作っている。
 仄聞だが、藤田氏は蒼穹舍の大田通貴氏に約400枚の写真をあずけ、一切注文もつけず、200ページに組み上がるのを待ったという。この連携と編集の呼吸は見事というしかない。
 いま、写真集は1年にどれくらい出版されているのだろうか。タレント本ではなく、アマチュアを含めた写真家の作品集のことだが、ほとんどは自費出版で、少部数のため本屋の店頭に並ぶこともなく、批評もされず、ただ消えていく。が、中には、この本のように美術館やマスメディアが無視してはいけない写真集もあるのだ。
 このあと〈行き行きて〉では、再び闇の底から色と花が現れる。いや、これは希望の色ではないかも知れない、とふと思う。分厚い闇が艶めかしいエロスを閉ざそうとしているのかもしれない、と。
 最終シークエンス〈花火〉。
 都会の在所だ。
 高層マンションの上に上がる一発の花火の写真でこの本は終わる。だが、花火に色はない。マンションの窓の明かりもモノクロのままだ。
 奥付けのあとに、だめを押すように、村落を俯瞰した千の屋根の写真が付け加えられた。色は失ったままだ。
 千のエロスは、果たして千の屋根の下に生き続けているのだろうか。
(写真家)







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