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評者◆杉本真維子
難しい贈り物
No.3112 ・ 2013年06月01日




 贈り物は難しい、とは、よく言われることだが、私がそれを初めて痛感したのは、親しい画家のKさんと詩版画集を共同制作したとき。新宿でのKさんの個展で発表させてもらったので、感謝の印に、Kさんの大好きなエビスビールを1ケース贈った。すると翌日の昼に、抗議の電話がかかってきた。ちなみに、私よりもずっと年上のひとだ。
 「熨斗にでっかく「御礼」って書いてあるけど、これは、もう関わりたくありません、という意味? 頭に来ちゃって、午前中で全部飲んじゃったよ!」
 驚いた。一日中酔っぱらっていることは承知だったのでそれは驚かないが、まさか怒りを買うとは予想もしなかった。自分が贈りたいものよりも、相手が喜びそうなものを、心を込めて選んだ。それを怒りのなかでさっさと消費されたことがショックだった。
 違う、違う、誤解です。御礼の意味だけで他意はないことを必死に説明すると、「いやー、年取ると被害妄想が強くなってね。ごめんね。」と、Kさんはあっけらかんと笑った。胸を撫でおろし、ぼうっと「御礼」の大きな文字を頭に浮かべると、たしかにどこか他人行儀で、冷たい印象がある。いやいや、Kさんがトクシュなのだ、と言うひとがいるかもしれないが、言葉に携わる者なら、そこまで神経を届かせてもよかった。
 しばらくして、今度は贈り物を貰うことについて、頭を悩ませた。お返しは気にしないでと言って、何度も高価な贈り物をするひとがいた。気持ちはうれしいけれど、その頻度はだんだんと心に不穏な影を落とした。悪いから本当にいらないよ、と断わった翌週に、また用意してきたとき、ついに抑えていた感情が爆発し、悲鳴に近い声がでた。そのひとは悲しそうな瞳をして凍りついた。贈り物をしたいからする、それ以上は何も考えていない、そういう無垢さを愛でるような何かこそ、私にとって戦うべきもののような気がした。どんな言葉も、あの瞳の前では無力だと思えたから。
 人と人の間に大量のモノが介在することで、距離は縮まるどころか、かえってモノが挟まって距離が広がる。対等な関係ではいられなくなる。頻度の高い贈り物は、ときに脅迫と相似関係を持つ。年に数回なら喜びだが、毎週だったら恐怖に変わる。贈り物のなんという奇妙さ。その先にはディスコミュニケーションしか待っていないというのに。
 ある日の夜、私は原因不明の高熱に冒された。どうしてだろう、どうしてだろう、という呟きは、翌朝、マルセルモース、マルセルモース、というフランスの社会学者の名に変わっていた。そうだ、『贈与論』。学生時代に齧っただけなので詳しくは知らないが、「マナ」というふしぎな観念のことを思い出した。
 ――贈り物に宿るマナは贈り手のところへ戻ろうとする。受け手のところに留まろうとはしない。受け手のところに留まりつづけるとき、マナは受け手に悪い影響を及ぼし、ときには死さえもたらす。
 縋るような気持ちで読んだ。同時に、苦しさを少しでも言葉で整理されたことのよろこびを抱いて、ひと息つくと、ここが行き止まりだ、と不意に思った。この観念を切符に、私はどこを交通しようというのか。まさか一冊の書物を掲げ、だから私は高熱を出したのです、と大真面目に訴えるのだろうか。
 突然、読むことの傲慢さのまま猛進してみたい気持ちに駆られた。そんなことをしたら「世界」から笑われる。でもその笑いを浴びたら、あの瞳と言葉を交わせるような気がした。







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