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評者◆杉本真維子
展望台という禁忌
No.3216 ・ 2015年07月25日




■夜景をみても、全然感動しないの。
 会社員時代、一つ年上の先輩が、ぽつりと言った。その面持ちは暗く、私の心に引っかかった。私だって夜景に感動したことなんていちどもない。ああ、そうなんですか。それ以上言うこともなく、私と先輩の距離は縮まることもなかった。
 先日、大阪市のあべのハルカスへ行った。地上三〇〇メートルの展望台は、夕刻に迫るにつれ、人が集まり、夜になるころには、家族づれや、恋人同士で大いに賑わっていた。
 夜景を好む人もいるのだ。二〇年も経って、先輩の暗い面持ちの理由がわかる。きっと感動してくれる。そんな相手の期待に応えられない自分の身の置き場のなさに、悩んでいたのかもしれない。当時は九〇年代初頭、トレンディドラマの影響か、「女性は夜景に感動するものだ」という風潮がかなり強くあった。それを息苦しく感じていた人も多いはずで、私などは実際に感動する人はマイノリティというより、虚構だと思っていた。でも、ちがった。あの時代は異常なほどの夜景ブームだっただけで、いつの時代も人気なのだ。マイノリティおまえだよ、と、いきなり突きつけられた気分だ。
 そんなわけで、私が好むのは、夜ではなく、昼間に見る展望台からの景色である。人間は本来、こんな高所から地上を俯瞰することなどないのだから、これは禁忌だ、という思いが、私を脅かし、じわじわと高揚させる。
 たとえば、あれでどうやって生活しているのか、と心配になるほど、かたちがおかしいマンション。道路側に張りだしたバルコニーの凹凸が、部屋によってばらばら。それくらい別にいいんじゃないの、と思うだろう。しかし、展望台から見たとき、そのマンションが、道路を挟んだ向かいの建物の凹凸と、完璧に調和していることがわかる。
 組み合わせろ、合体させろ、といわんばかりの光景。あれはいつか巨大なロボットになる仕組みなんじゃないか。私はうおおと小さな歓声をあげた。同行してくれたMさんは少し引いていたが、私のために用意された景色ではない、というよそ者意識が、非日常を刺激する。
 この景色は、普段は誰の日常なのか、と考えると、単純にまずは鳥だ。ああ、鳥か、と考えただけで、鳥全般を見る目が変わる。普段、あんな変なものを見て、地上に降りてきて、私たちの前で、何食わぬ顔で、豆などつついている。早朝にふくらんで、ぐるぐると鳴いているあの羽のなかに、秘密を隠している。身近にいるのに、黙っている存在は、魅力だが、脅威でもある。
 いよいよ街全体がライトアップされる、というところで、私たちは展望台をあとにした。Mさんは名残惜しそうに夜景を振り返ったので、本当は見たいのかなあ、と心配になり、顔をのぞきこんだが、心の奥は暗がりでわからない。ふと見ると、いい大人なのに、お土産ショップで、あべのハルカスのキャラクター「あべのべあ」のぬいぐるみを抱いて遊んでいた。これ、かわいくないよね、と、うれしそうに言いながら。
 私が鳥だったら、こんな人間たちの言動こそ全然わからない。人間は言葉を喋る分だけ、いっそうわからない、ともいえる。そんなことを、アルコールを飲みながら、人は考えたりする。むしろ、積極的にわからなくなりたいのではないか。唐突ながら、そう思った。生涯に見るものすべて、そのひそかな願いに応えるように、過激にあまく、むきだしで、私を囲んでいる。マンションも鳥も、Mさんも、堂島川の水面の、ひそかな鋭さも。







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