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評者◆前田和男
筋金入りの「はぐれ烏」
No.2949 ・ 2010年01月16日




 それにしても河野の「はぐれ烏」ぶりは筋金入りである。それは想定外の政局で政治の表舞台に引き立てられてもなお健在だった。その最たるものは首相首席秘書官に抜擢された「裏事情」への本人の無頓着ぶりである。あれから十四年、当初はともかくも、後になって当然知りたくもなり、知ろうと思えばできるのに、「この取材で指摘されて初めて知った」という。私がその典拠として示した渡辺嘉蔵の『日記』も未読だというのだ。自分の人生の一大事だったというのに、いやはやなんたる無頓着。
 今振り返ってみると、河野が秘書官として支えた村山富市も相当な「はぐれ者」だった。首相を辞任してから、乞われるままに映画「フーテンの寅」に友情出演したり、その後政界を引退して一〇年もたった二〇〇五年に自動車事故をおこし、国民は久方ぶりに村山の名前を記憶から甦らせるとともに、八〇歳を超えてまだ自分でクルマを運転しているのかと驚かされた。村山がヨッチンと呼ぶ「糟糠の妻」も同様だ。看護婦上がりのファーストレディは、阪神淡路大震災のとき、「主人に迷惑がかかるから」と、名前を明かさずに無名のボランティアとして黙々と活動していたことが後に分かった。そんな村山夫婦のはぐれぶりは、河野のそれともかさなる。
 河野が国連憲章改革に取り組んでいる動機のひとつが「村山への恩返し」であることは本文で紹介したが、その背景には、同じ「はぐれ者同士」として引き付け合うものがあるからではないか。
 いっぽうで見方をかえると、河野のような変わり種の「はぐれ烏」を受け入れた社会党はなかなか度量のある政党であったと思う。
 河野自身にとって、社会党は「駆け込み寺集団」だったという。それは、純正マルクス主義者だけではない、河野ような仏教社会主義者といった「希少種」まで、幅広い左翼活動家を受け入れ、さらには多くの女性活動家たちの駆け込み寺となって、好き勝手なことをさせる党だったというのである。
 たしかに社会党は、世の中に「ノン(異議申し立て)」を突きつける雑多な人々の「アジール」であった。しかしいつしかアジールの幅を自ら狭めていく。高木郁朗と仲井富の巻で詳しくふれたように、どちらも少々やんちゃであったがエネルギーにあふれた「左」の反戦派と「右」の構造改革派グループを追い出したことがシンボル的な出来事であったが、社会党は左右対立のなかでアジールの幅をどんどん縮めて、壊滅的な衰退の道を早めたのではないかと私には思われる。
 許容力は衰えたりといえども駆け込み寺=アジールとしての「社会党的なるもの」に最後までふみとどまった「はぐれ烏」が河野道夫だったのかもしれない。

●政権交代への問題提起か、ラ・マンチャの男の狂騒か

 河野の国連憲章抜本改革への挑戦は、村山内閣の再評価を促す可能性を秘めているだけではない。あれから一六年をへておきた政権交代にとって、大いなる問題提起を突きつけている。
 政治は「社会科学」に分類されるが、純粋な「科学」と決定的に違うのは、「実験」がきかないことだ。科学の世界なら、たとえばA、B、Cのモデルを考え、それぞれ実験をしてみて、そのうちでもっとも良いものを採用すればよい。しかし、政治はそうはいかない。誤りや蹉跌があろうと、一度やってしまったことをやり直すわけにはいかない。河野がかかわった自社さ政権は、識者からは、その蹉跌と誤りを指摘される点で群をぬいている。
 では、すんでしまったことは諦めるしかないのか。そんなことはない。過去はとりかえしがつかないが、未来に生かすことができる。いや、それを生かすことが「政治を生かす」道なのではないか。しかしながら、過去の誤りを未来に生かすことは言うのは簡単だが、行うのはなかなか難しい。それゆえに、ヘーゲルがいうごとく、しばしば歴史は繰り返す。そしてマルクスが付け加えたように、一度目は「悲劇」として、二度目は「茶番」として。
 ようやく政権交代が実現した。その主役は、当時は脇役でまさか主役になるとは誰も思いもしなかった民主党である。しかし民主党による政権交代で推し進められつつある政治の先行きは未知数であり、不透明である。
 政治は現実的なもので、夢想は禁物だとされるが、もし政権交代に勝ち残った政治家たちが、河野の挑戦を心のどこかで「やましい」とも「うらやましい」とも思わず、「ラ・マンチャの男の狂騒」だとあざ笑うとしたら、天下りが少々へったところで、官僚依存から少々脱することができたとしても、その政治はあやうい。
 本連載の冒頭でも記したが、政権交代がおきたら、それを準備して途中で挫折した「わだつみの声」はかき消される。案の定、そうした動きがある。勝ち残った「大立物たち」が「あのときは実はこうだった」「それが嚇々たる成果となって結実した」と得々と語りはじめている。そして、それがやがて「正史」になる。しかし、忘れてもらってはこまる、河野の関わりもまた政権交代の伏流水のひとつなのである。河野の挑戦もまた政権交代劇の伏線のひとつでなければならない。
(本文敬称略)







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