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評者◆編集部
こどもの本棚
No.3253 ・ 2016年04月30日




■ちょっとしたウソから 生まれた大きなお話
▼ぼくらのウソテレビ ▼ねじめ正一/作 武田美穂/画

 テレビって昔はとても高級品で、みんなの憧れの電気製品だった。まだ一般家庭にテレビが普及していなかったころは、街頭テレビなんていうものもあったよね。そんな時代のこと、子どもたちはもうテレビの中の世界に夢中で、みんなテレビ少年だった。
 そんなぼくらのクラスに、鎌田幸夫という男の子が転校してきた。お誕生会によばれて行ったら、とてもおしゃれなお家で、アメリカ製のオレンジジュースや、パンの耳がないサンドイッチが出てきて、ぼくはびっくり。金持ちを見せつけたいのかって、ぼくはちょっと反発して負けん気が出てしまった。そんなところに鎌田は「ああ、ほしいなテレビ」と言った。ぼくはそれを聞いて、「うち、テレビあるよ」と、みえをはってウソをついてしまった……。
 テレビをもっているというぼくの発言は、たちまちクラスじゅうにひろがってしまった。テレビを見せてって、友だちがつぎつぎに言ってくるよ。さて、こまった……。いったい、どうしよう。
 ちょっとしたウソから生まれた物語。だれもが思いあたる、大きな子どもの世界をえがくお話です。(3・24刊、A5変型判八〇頁・本体一二〇〇円・くもん出版)



■キツネと過ごした歳月の集大成の写真文集
▼恋文――ぼくときつねの物語 ▼竹田津実

 学生時代、一冊の本を読んでオジロワシの魅力に憑かれてしまった九州生まれの著者は、旅行だけでは時間が足りず、それを埋める一番いい方法を思いつく。「ならば、この地で就職すればよい」のだと。そして、北海道は知床半島のつけ根にある小清水町で獣医として働くことにする。ひたむきでまっすぐな思いは、ひょんなことから人間から嫌われているキツネへと対象をうつしていく。「オジロ狂い」から「キツネ狂い」へ。半世紀近くもの長きにわたってキツネに寄り添い、観察し、友だちになり、家族になり、写真を撮って見つめつづけた。本書はその集大成となる写真文集だ。住民から嫌われ疎まれるキツネを観察することで眉をひそめられることもあったけれど、それでもひとりくらいはそれを理解し、味方する人間がいてもいいのではないか。「ヒトは、つねに排除すべきモノを必要とする。そして安心する」のだから。これはまるで長い歳月をかけて丹精こめて練られた一冊の美しい詩集のようだ。この本がいつかきっと、また誰かの人生をきめる一冊となることだろう。(4・5刊、A5判横長二四八頁・本体二九〇〇円・アリス館)



■つなみにのまれた人間と犬の民話
▼つなみとゴンとコン ▼帚木蓬生 作/小泉るみ子 絵

 3・11の東日本大震災から、はやくも五年がすぎました。つなみの恐ろしさは、けっして消え去ることがありません。この民話は、大つなみのなかで、犬たちの愛に救われた、おじいさんとおばあさんのおはなしです。
 むかしむかし、海辺の村を大つなみが襲いました。二人の息子たちは、ちょうど海に漁に出ています。おじいさんは山にたきぎとりに、おばあさんは畑にでかけました。おじいさんのあとを犬のコンが、おばあさんのあとをお母さん犬のシロと、コンと双子のゴンがついていきます。
 その日の海はおだやかでしたが、お昼ちかくになって、とつぜん地面がぐらぐらと大きくゆれました。山のふもとにいたおじいさんは、コンに追いたてられるようにして、むかしからある大きな石碑のところまでかけあがりました。そこには、つなみがきたら、ここまで逃げろという言い伝えが書いてありました。
 村は大きなつなみにのみこまれました。おばあさんは地震で家のなかに逃げこんだところで、犬たちも一緒にのまれてしまいます。
 そのとき戸板が流れてきて、ゴンが一生懸命その上にのぼりました。おばあさんも、さいごの力をふりしぼってあがりました。けれども、お母さん犬のシロは、その姿を見とどけるように力尽き、流されて消えてしまいました。
 人間にも動物にも、親が子どもを思う心があり、生きようとする勇気があります。そのことの大切さをつたえる民話です。(5・20刊、B5変型判三二頁・本体一二〇〇円・女子パウロ会)



■築地市場の全体像をパノラマ的に描く
▼築地市場――絵でみる魚市場の一日 ▼モリナガ・ヨウ 作・絵

 東京の築地市場は、江戸時代に生まれた日本橋魚河岸が、関東大震災を機に築地に移転した頃からの古い歴史をもつ。今年一一月、同市場は江東区豊洲に移転する予定だ。この絵本は、日本一の水産物の取扱量を誇る築地の、最後の姿を生き生きと記録した貴重な一冊である。
 夜の一一時、魚市場はもっとも活気あふれる時間帯を迎える。魚を載せたトラックが、次々に到着するからだ。その数は一晩に約八〇〇〇台。運び込まれた鮮魚は、卸売場に所狭しと並べられる。その間をぬって、卸売業者と仲卸業者が「相対取引」で売り買いする。値段や数量などを話し合いで決める方法である。仲卸業者はこの相対取引や、マグロや活魚のせりで買いうけた品物を、市場内の店で仕分けして販売する。買い手が決まった魚はどんどん仲卸の店へ運び出され、卸売場はすぐカラに。そのスピードたるや驚嘆ものだ。一本数百万円もの高額で取引される生まぐろのせり場も、築地を代表する光景だ。絵本はそんな魚河岸の雰囲気をみごとに伝える。
 六〇〇件をこえる店がひしめく仲卸売場。買出人は店をまわって必要な品物をそろえていく。まるでいっしょに買出しをしているような臨場感にあふれた絵の連続である。
 市場の活気は朝七時頃まで続く。この絵本では、働く人々の様子や、運搬車や砕氷機などの機械・道具類まで細かく紹介し、市場の全体像をパノラマ的に描き出す。(12・24刊、31×22cm三一頁・本体一五〇〇円・小峰書店)



■世界的な絵本作家が最後に描いた絵本
▼バンブルアーディ ▼モーリス・センダック 作/さくまゆみこ 訳

 四年前に世を去ったモーリス・センダックは一九二八年生まれ、二〇世紀を代表する世界的な絵本作家です。世界中で発売二〇〇〇万部を突破した『かいじゅうたちのいるところ』と、『まよなかのだいどころ』、そして『まどのそとのそのまたむこう』の三部作は、日本でも広く知られています。夢の世界を自由に描き、絵本の枠を広げたセンダックの数多くの作品は、いずれも世界的に高い評価を得ています。『かいじゅうたちのいるところ』でコルデコット賞、『まどのむこうのそのまたむこう』で全米図書賞を受賞しました。そのほか国際アンデルセン賞画家賞など、数々の賞を受賞しています。
 この『バンブルアーディ』はセンダック最後の絵本で、三部作以来三〇年ぶりに彼自身が作絵を手がけた作品です。生まれてこのかた一度も誕生日を祝ってもらったことのなかったブタのバンブルアーディは、父と母をなくして、おばさんにひきとられました。そして九歳の誕生日、初めて誕生日を祝ってもらうことになりました。バンブルアーディはおばさんにないしょで、近所の友だちを呼んで誕生会を開きます。さて、どんなパーティになったでしょう。
 八〇代のセンダックの絵は年齢をまったく感じさせず、ダイナミックで躍動感にとんでおり、まさにセンダック・ワールドの全面展開です。(4月刊、23×29cm三三頁・本体二〇〇〇円・偕成社)



■フライのチームが野球の猛特訓
▼ぼくらはうまいもんフライヤーズ ▼岡田よしたか 作

 オニオンリングとフライドチキンが空き地であそんでいると、エビフライとアジフライがリアカーを引いてやってきて、「やきゅうやれへんか?」と声をかけました。
 「ええー、やきゅう?」。
 となりまちの野球チームと試合をするため、メンバーで声をかけたのです。オニオンリングとフライドチキンは野球をすることになりました。フライのチームは、名づけてフライヤーズ。カラッとしたいいチーム名ですね。
 イカリングが「ぼくも、やりたい」と入ってきます。さらに、フライドポテト五人組がやってきて、グローブに入ってナイスキャッチ。するとコロッケもきて、グローブみたいにボールをからだで受けとめました。
 「ちょっといたいけど、ぼくこんじょうあるから」。
 するとどうでしょう。たこやきも、たいやきもやってきます。でも、彼らはフライではありません。そこでおうちに行って、ころもをつけ、フライなべでこんがりフライにしてもらってきました。
 そんなこんなで、フライヤーズが猛特訓をはじめます。はてさて、どんな野球がはじまるのでしょう。こんがり黄金色に光る物語です。(2・25刊、17・5×22cm二八頁・本体九八〇円・ブロンズ新社)







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(石川九楊)
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わたしの孤独のたのしみ方
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