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評者◆小嵐九八郎
衰弱、腐敗、堕落と無縁の必死な歌集――笹井宏之歌集『ひとさらい』、『てんとろり』(本体一二〇〇円、一三〇〇円・書肆侃侃房)
No.3006 ・ 2011年03月19日




 この六ケ月、三十首くらいしか歌を作れていない。感動や感激が先行して、言葉が空回りすると言い訳したいが、なに、力のスイジャクに過ぎぬ。歌稿の注文が少ないことも口実にしているが、文学が稼ぎの一つであるのはこの百年の仮の姿かも知れず、これは当方のフハイ体質であろう。他人の凄い歌を読んで興奮したいが、一冊五百首ほどの中の一首から五首を探すのはとてもしんどく、これはダラクというべきか。
 という時に、ある歌人から、当人のではない歌集が送られてきた。笹井宏之さんという人の第一歌集『ひとさらい』(書肆侃侃房、1200円+税)と、第二歌集『てんとろり』(同じく書肆侃侃房、1300円+税)である。衰弱、腐敗、堕落と無縁の必死な歌集だ。
 短歌は短い詩型ゆえに、その作り手の顔や歴史を覗きたくなるのだが、二冊とも「序」とか「あとがき」を飛ばして入った。
 『ひとさらい』は短歌をはじめた初期となんとなく分かるが、ほお、《風という名前をつけてあげました それから彼を見ないのですが》は、いいよね。定型を踏んでいて耳のリズムに入り易い上に、下句の淡い未練が話し言葉に凛凛しく生きている。《しまうまが右の涙腺通過して青信号に眠ってしまう》は、シュールって古い言葉があるけれど、言葉が異空間を生み、実に謎の世界を作りだしている。
 『てんとろり』には《郵便を終えたら上のまぶたから切手をはがしてもいいですか?》のわけの分からぬ未完のロマン、《風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける》と、暗そうな中の透明なる未来みたいな抒情が溢れている。「損をしない歌集だな」とつぶやいて、本当に楽しくなった。
 「序」や「あとがき」を直後に読んだら、笹井宏之さんは、ピアノ、フルート、ギターをやり、「重度の身体表現性障害」の療養生活十年をして、一昨年一月に死んでいる。なんちゅうこと……。享年二十六。
 笹井宏之さんに慕われ、その歌をアドバイスし、プロデュースし、監修した加藤治郎氏も、大したもん。悲しみ続けているだろう。
(作家・歌人)







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