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評者◆稲賀繁美
身体毀損の文明学にむけて・下 纏足・FGS女性器切除手術から「甲殻に宿る幽霊」まで
No.2987 ・ 2010年10月30日




(承前)身体改造即「家畜化」といえば否定的な印象を伴うが、そこに「自己実現」といった価値を付与しさえすれば、実現のために心身の苦痛にも耐える忍耐能力こそが、精神性の高さの指標となる。美のためには痛いのも我慢するという美容整形を、おしなべて精神的隷属の証拠、あるいは家父長制の犠牲に還元する説明は、政治的偏向たるを免れまい。それは、ひいては文化一般を抑圧の名の下に否定する極論へと結び付けることとなるからだ。一方、無痛文明への疑念は、森岡正博も提起するとおりだ。そしてMarina Abramovicの場合を引き合いに出すまでもなく、自己の身体への毀損行為は、特権的な藝術家にとっては、自己破壊と踵を接した、自己表現の究極の拠り所となる。
 それが儒教道徳の影響か否かはとにかく、近代以来の日本では、臣民の肉体に傷跡を残す介入には消極的だった(当事者の生命を奪う殉死やカミカゼ特攻、ベンガルのサティー等は、身体毀損の問題とは別途に、あらためて死生観の問題として論じたい)。たしかにBCG注射の技術変更は、ある特定の世代の日本人の上腕に醜悪な傷を残したが、これは当時の厚生省の施策を記念する例外的な身体的損傷の痕跡といってよい。だがお隣・韓国の美容整形の盛行と比べても、現実には肉体改造にきわめて消極的な日本は、仮想現実virtual realityの世界では、全く別の相貌を見せる。
 実際、日本産のアニメは、身体毀損を、躊躇せず極限まで追求してきた。押井守の Ghost in the Shell(1995)はむしろ海外の識者に深い衝撃を与えた。士郎正宗の助けを借りて、押井は全人類の累積的知識が亡霊ghostよろしく電子情報として頭蓋shellに格納され、義眼、義手など様々な代替的電子装置を装着した身体を構想した。ここではもはや生体と機械、自他の思考は分別できず、個別生命体の輪郭を確定することも不可能となる。西洋起源だったはずの技術連関が、身体操作において西洋文明の根幹である個人の尊厳を揺さぶっている。押井はその危機的状況を、仮想現実を拠り所に容赦なく暴いてみせた。「文明と身体」の将来を問う鍵が、ここには萌芽的に顔を出している。
 *国際日本文化研究センターにおける共同研究会「文明と身体」(牛村圭教授・主催)における、古田島洋介氏の発表「纏足の再把握――身体論としての視点を求めて」(2010年7月31日)に対する筆者の即興の論評を活字化した。主催者の牛村圭、発表者の古田島洋介両氏に謝意を表する。
(了)
(国際日本文化研究センター研究員・総合研究大学院大学教授)







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