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評者◆志村有弘
高齢化社会、今をどうするかを考えさせられる堀井清の作品(「文芸中部」)――妻へのひたむきな愛を綴る上田蝉丸の作品(「渤海」)
No.3302 ・ 2017年05月06日




■歴史小説では、松岡博の「阿吽」(R&W第21号)が力作。運慶と快慶が東大寺南大門に、快慶が阿、運慶は吽の金剛力士像を造ることになった。快慶は運慶の兄弟子とはいえ、今は運慶が棟梁。運慶は快慶に敵愾心を燃やし続けるのだが、重源の勧めで宇治の阿弥陀堂の仏を見に行き、その仏像のすばらしさと定朝が毎朝写経をして像を造っていたことを聞いて心洗われ、快慶らと力を合わせて仁王像を造り上げる。運慶の心の成長も示される。運慶の心裡を見通している重源の姿も印象的だ。
 現代小説では、堀井清の「無名の人」(文芸中部第104号)が、日本の今を考えさせられる作品。野木(五十歳・独身)は八十五歳の父と二人暮らし。同じ会社の元橋の妻は姑との折り合いが悪く家を出ていった。野木が交際するるり子(四十五歳)は「家族は要らない」と言う。野木の父は息子の妻が来たら家を出ると言い、野木は自分が出て行くと言う。とはいえ野木は八十五歳の父親を残して出て行くことができるのか。妻の父が家に来るという元橋。その父は認知症。高齢化社会の今、こうした現実から目を背けることはできない。心にやりきれない重さが残る。
 上田蝉丸の「ワンピース―九十歳のつぶやき―」(渤海第73号)が、読ませる作品。地元紙の支局記者をしている「私」は、父の料亭で仲居をしていた女(頼子)と深い関係になり、女にはパトロンもいたけれど、結婚して子もできる。「私」がもの書きをしているのは頼子(九十一歳で死去)への「愛」だといい、娘夫婦が頼子の遺品を処分したとき、ワンピース三点だけを残してくれ、その中には「私」の「お気に入りの一点」があり、「私が死んだら棺の中に入れてもらいたい」という文で結ぶ。時に示す性描写も爽やかだ。妻に対する「私」の愛が哀しいまでに美しい。
 河内隆雨の「合鍵」(あべの文学第24号)は、共同体とは何かを考えさせられる。聡志は恋人の由貴から「あなたが足枷のように思える」と別れを告げられた。アパートを引っ越し、古いマンションを購入した。部屋の以前の住人の森(最近死去)は、マンションの人々から慕われていた。森の部屋は住人たちの集まりの場となっていて、自由に出入りしていたらしく、合鍵が五本もあった。聡志は、森が娘を描いた絵を自治会長から渡されたので、森の娘に送ると、森とは縁を切っている、との一文が添えられて返却されてきた。高潔な人物としか思われぬ森にも、妻と子に縁を切られる事件があったのだろう。「足枷」の言葉を心の中に、森の生前の姿を聞いたり、マンションの住人とのふれあいを通して聡志の姿勢・思考が変化してゆく様が示される。
 小笠原幹夫の「新宿物怪録」(小説と詩と評論第336号)は、明治怪奇譚。「わたくし」の一家が明治二十七年頃に移り住んだ古屋敷では、酒樽や味噌樽の蓋が飛び上がり、天井から小石が落ちてくるということが起こった。やがてその「化物屋敷」は類焼してしまう。安芸の国の『稲生物怪録』を想起する。小笠原の物怪譚に関連して、秋田稔の「探偵随想」第127号は、河童特集を行う。その中に「幻想奇談」と題して河童がツツジを食べた話、河童の左腕を拾ったのでそれを保管している旨を広報板に貼ったところ、翌朝、河童が引き取りにきて、腕をくっつけ、「ぼく」の悪い右目を柏手一つ打って治していった話などを綴る。不思議な味わいを示す短編小説。
 エッセイが力作揃い。右記秋田の「探偵随想」は、河童を詠んだ芥川龍之介の句、河童の絵や河童文学について述べて、興趣が尽きない。八十年の歴史を誇る「九州文學」第560号は、雲江征人が長谷健、阿賀佐圭子が林逸馬の人と文学を綴り、濱松伸作が原田種夫の資料を根幹に戦前・戦中の「九州文學」の動向を記す。創刊された「田島邦彦研究――一輪車」では石川幸雄が「田島邦彦のこと」で田島の人物を示し、田島の「うた四十二首選」と著書、寺山修司を詠んだ田島の歌、岸上大作との交流、略年譜等を掲載。表紙を含めて十二頁の小冊子ながら、これ自体が一つの端麗な芸術作品の感。「脈」第92号が「島尾敏雄生誕100年 ミホ没後10年」と銘打って、島尾伸三の思い出をはじめ、十八本のエッセイを掲載。
 短歌では、時田則雄の「劇場」第3号掲載「祖父(おほちち)が拓きし土地に種子を播き花を咲かせて五十年経つ」に年輪と矜持。森水晶の「蓮」第9号掲載「一番欲しいものは手に入らないすり抜けてゆく否、捨ててきた」と、お
のれの過去半生を詠んだ歌。森は俳句も詠み同誌掲載の「雪女郎」と題する一連の句には「外道」・「悪女」などの語を詠み入れた句が見られるが、奥底に作者の澄み切った心。
(相模女子大学名誉教授)







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