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評者◆イソップ
知的好奇心が生き生きと踊り出すような本
明治の男子は、星の数ほど夢を見た。――オスマン帝国皇帝のアートディレクター 山田寅次郎
和多利月子編著
No.3337 ・ 2018年02月03日




■産学社から出版された、和多利月子編著による本で、山田寅次郎の生涯を紹介する、ちょっと不思議な本です。何が不思議かと言って、パラパラと本を捲ってみると、赤黒の二色で文字ばかりではなく写真や図版や絵があって、一段だったり二段組みだったり、絵はがき転載も多い。
 そもそも山田寅次郎とは今まで聞いたこともない人で、産学社も知らなければ和多利月子さんも知らなかったのです。それにもかかわらず、手に取ってみる興味を覚えたのは、明治の時代にオスマントルコに渡った一人の男子が、やがて日本とトルコの架け橋となって、魅力的な人生を生きた。そこの所を詳しく知りたい、と思う好奇心だったのです。
 様々な書き方が渾然として、読みにくいのではないか、と心配しながら読み始めると、これが結構面白くて読みやすい。まず最初に、寅次郎がどんな人かがわかるように、本にすることになった経緯と共に、全体像が紹介されます。上州沼田藩の江戸家老だった、中村家の次男坊に生まれ、明治・大正・昭和と生き抜いて、トルコと深く関わってくる。
 欧米やアジアと関わった人は、けっこう知っていますが、トルコと関わった人とはどういう人なのか気になってきます。そう言えば日本とトルコは、昔から良い関係だったと聞くし、イラン・イラク戦争の時に、トルコの航空機が日本人を救っている。その理由は「エルトゥールル号の借りを返しただけ」と言われていますが、このエルトゥールル号事件とは何か?
 パリ万博を見て日本に関心を持ち、日本びいきとも言われたオスマン帝国の皇帝が、明治天皇への儀礼のために軍艦を派遣した。それがエルトゥールル号だったわけですが、この軍艦は、無事に目的を果たして帰るときに和歌山県沖で座礁します。そして船の機関が爆発して大勢の乗組員が亡くなりましたが、生存者もいて、地元の日本人に助けられたのです。
 果たして寅次郎は、この事件に関わったことでトルコへ渡り、当時のオスマン帝国皇帝、アブデュルハミト二世に謁見します。皇帝はわずか25歳の寅次郎を気に入り、日本の絹製品や陶磁器、家具などを取り寄せることを求め、交易が始まるのです。詳しいことは、直接本を読んでいただいた方がいいでしょうが、場所が現在のトルコであったことで多くの繋がりが生まれます。
 遠方への旅はまだ飛行機がなく、船で行ったわけですから、何ヶ月も掛けてアラビア半島を回っていくのです。アジアとヨーロッパの境界でもあったトルコで人脈が生まれ、多くの人脈を得て、寅次郎は貿易や実業界へも進出します。それでいて彼は茶道の家元を継ぐ家系の養子でもあり、このことで彼の晩年はまったく違った暮らしをするようになる。
 江戸家老の次男から華道の家元に養子となって入り、薬の学校を出たと思ったら潜水士となって名を連ねている。そうかと思えば、出版業界で飛び回って幸田露伴をデビューさせ、「東京百事便」を出版したり、演説会を開いたりしている。そんな男がエルトゥールル号の義捐金を持ってトルコに渡り、それを機にトルコと日本の貿易に従事して人脈を広げる。
 これだけでも面白いのですが、その後寅次郎は茶界に戻り、最後は静かに隠居生活をして子や孫には外国語を学ばせている。著者の和多利月子さんは寅次郎の孫にあたる人であって、晩年の茶人としての寅次郎を身近に見ていた人でもあります。そんな彼女が祖父の研究者となり、一冊の本を書くとき、一つの大きな人生に出会い、数々の夢に触れるのです。
 そんな夢を後追いながら、この本が生まれたわけですが、内容はとても興味深く、僕らのような知らない人も惹きつける。人生において身につけるべきは語学力であるとして、後人を導いた寅次郎の信念は僕自身も共感するところです。91歳で亡くなるまで、自ら信じるところを生きた、一人の男性の生き様が、生き生きと伝わってくる本でした。







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