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評者◆伊達政保
なんで東北がこんな目にあわなければならないのか――フランス・パリの国立東洋言語文化大学で国際学会「3・11後文学を今日的に考える」
No.3364 ・ 2018年08月18日




■6月21、22日、フランス・パリの国立東洋言語文化大学で、国際学会「3・11後文学を今日的に考える」が行われた。主催は同大学のアンヌ・バヤ一ル=坂井氏、共催は津田塾大学の木村朗子氏。木村氏は『震災後文学論』(青土社)などの著書で積極的に震災後文学を論じてきている。基調講演やシンポジウムの後、『イサの氾濫』(未來社)、『聖地Cs』(新潮社)の作家、木村友祐氏による講演と朗読が行われ、『東北おんば訳 石川啄木のうた』(未來社)の新井高子氏による「震災後文学が拓く東北弁の可能性」の発表が行われたという。
 ウワー、これは行きたかったし聞きたかった。だがオイラ5月のパリに行ってきたばかりでとても無理。今年はMay68(68年5月革命)から50周年ということで4月から9月まで、ナンテールなどの各大学ばかりでなくポンピドゥー・センターや国立文書館など多くの会場で、写真やポスターなどの資料展やシンポジウム、映画祭などの催しが行われている。その一部を少し覗いてきたのだ。世界の68年ということもあって、小川プロの三里塚シリーズの上映会も行われた。街頭の売店では「ル・モンド」や「ユマニテ」などのMay68特集号があふれ、土産店では当時のポスター復刻版が「ヴォーグ」のポスターと並んで売られてたっけ。
 さて、聞きたかったその学会での木村友祐氏による講演が、「新潮」8月号に「生きものとして狂うこと――震災後七年の個人的な報告」と題して掲載された。そこには木村氏の震災と文学に対する真摯な姿勢が現れていた。また震災文学を取り巻くこれまでの状況、とりわけ震災後七年経過した現在の状況に対する個人からの闘争宣言とも言えるものだった。青森県八戸出身の木村氏はこの場に「東北」からの「声」を届けにきたとして、震災の惨状に対してまず「悔しさ」を感じ、なんで東北がこんな目にあわなければならないのか、という思いがあったという。オイラも両親は会津出身、高校まで東北を転々とした東北人、震災時の悔しさは全く同じだった。
 そして氏は震災と原発事故、「あれだけの災害が起きて、どうして狂わずにいられるんだろう」、「現場にも行かず、現実と格闘する困難にも手をださず、冷静に狂わずにいて」、「震災を受けて書かれた他人の作品から震災部分を差し引いて、あるいは、都合よく矮小化した震災像をもとに出来不出来を評価する人たちの余裕は、どこから来るのだろう」とし、今、「文学」が政治や社会への批判を抑えることは、「あったこと」を「なかったこと」にしている今の政府の動きを、無意識になぞることになると指摘しているのだ。







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