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評者◆mono sashi
読者にあわい痛みと共感を呼び起こす
雲を離れた月
相川英輔
No.3365 ・ 2018年09月01日




■「たべるのがおそいvol.3」のなかで、注意を惹いた作品のひとつに、相川英輔さんの「エスケイプ」があった。「エスケイプ」はアメリカの農法を学びにきた研修生が、主人の横暴に耐えられず、農場から逃走する過程を描く掌編小説だ。とりわけ終盤に登場する主人公の独白が、作者の心境と重ねあわされた(と思われる)箇所に、グっと胸をつかまれた。
 ああ、ここにも書くことを支えにして、自らを遠くに連れ出そうとする人がいる、と感銘を受けた。過不足のない読みやすい文章で書かれていることも好印象だった。その著者の単行本を頂戴する機会に恵まれた。「エスケイプ」をのぞく、本書に収録された3つの小説のあらすじをご紹介する。
 「雲を離れた月」。中学時代、放課後の教室でおこなった御狐様の予言におびえる源。その際、二十歳までに「サンニンシヌ」とお告げを受けていた。出来心で生じたゲームとはいえ、源が気にするのも無理はなかった。同窓会に参加した帰り道、仲間内でリーダー格だった日隈から、メンバーのひとりは高校時代に首をくくり、すでにこの世にはいないと告げられる。その翌日、当の日隈も不慮の事故によって亡くなってしまう。残りの生存者のひとり、美貌の少年だった酒見君の安否が気になる源は、手をつくしてその行方を捜すのだが……。
 「ある夜の重力」。理学生の光安は、重力の研究に興味をもち、大学院への進学を考えている。友人が少なく、ひとりで時間をつぶすことが多かった彼は、ふたりの人物との出会いによって、大学生活が一変することになった。素顔をお面でかくしながらも、誰とでも隔てなく付き合いのできる榊君と、舞台女優を目指す春という友人に恵まれたのだ。しかしながら、ある人物の告白をきっかけに、良好な関係にあった三人の仲はひき裂かれる事態となる。数年後、思い出の場所で榊君と再会した光安は、彼の口から意外な現状を聞かされる。
 「7月2日、夜の島で」。大学の学費をパチンコ代に突っ込み、懐がすっからかんになった渕上は、絶望のふちに立たされていた。学費の納付期限が目前にせまっていたのだ。機会をのがせば退学はおろか、就職の内定もすべて水の泡になる。途方に暮れる渕上に救いの手をさしのべたのは、かつての恋人の佐織だった。彼女曰く、ある条件に同意すれば、その資金を肩代わりしてくれるという。その条件とは、渕上の誕生日を彼女に譲ることだった。渕上は、藁にもすがる思いでその申し出に同意するが、次第に失ったものの大きさに気づき、後悔の念に駆られはじめる。
 いずれの作品にも通ずるのは、過去や現在にとらわれた人物たちが、新たなスタートを切るまでの過程が描かれている点である。主人公たちは、屈折した心情やコンプレックスを抱きながらも、時間の経過とともに、少しずつ変化を来たし、以前より物事を柔軟に、自らの弱さを受け入れるようになっていく。現状をありのままに認めること、不甲斐ない自らを許容(赦す)すること、いわば本書からは、「成長」という一貫したテーマが浮かびあがってくる。日常ベースの話を基調としながらも、怪談風のモチーフや風変わりな仕掛けを取り込んだこれらの青春小説は、読者にあわい痛みと共感を呼び起こすだろう。







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