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評者◆殿島三紀
象と旅するタイ500キロ――監督 カーステン・タン『ポップ・アイ』
No.3365 ・ 2018年09月01日




■『人間機械』『ヒトラーを欺いた黄色い星』等を観た。
 『人間機械』。監督は本作がデビュー作の新鋭。ニューデリー出身のラーフル・ジャイン。インドは世界第2位の繊維大国で、繊維アパレル産業は10%を占める基幹産業のひとつだが、それを支えるのは出稼ぎ労働者や子供たち。一日12時間に及ぶ苛酷な労働、劣悪な環境、機械の立てる凄まじい騒音。告発か、怒りか、共鳴か、感じるものは人それぞれだが、美しさすら感じさせる映像には圧倒される。
 『ヒトラーを欺いた黄色い星』。第二次世界大戦下、1941年から45年にかけて、600万人ものユダヤ人が虐殺された。43年6月19日、ナチス宣伝相ゲッベルスはベルリンからユダヤ人を一掃したと宣言。だが、その時点でも約7千人ものユダヤ人がベルリン各地に潜伏し、約1500人が戦争終結まで生き延びた。厳しい迫害と監視体制の中、彼らはどのようにして生きてきたのか。本作は4人の生存者に焦点を当てて、彼らへのインタビューと、俳優の演じる映画を組み合わせた真に迫るサバイバルストーリーである。監督はTV向けの長編ドキュメンタリーを数多く発表しているクラウス・レーフレ。
 今回紹介するのは『ポップ・アイ』。監督はシンガポール出身のカーステン・タン。1981年生まれの彼女が出品した短編は各国の国際映画祭で注目され、CNNの「注目の人物」にも取り上げられた。ところで、ポップ・アイとは?
 ♪ポッパイ ザ セイラーマン ポ、ポー♪ という歌をご記憶だろうか。日本でも昭和34年からTV放映されたアニメ『ポパイ』。その主題歌である。そう、ポップ・アイというのはポパイのこと。そして、このポパイは象の名前。なんと、象とくたびれた中年男がタイ500kmを縦断するというロードムービーである。監督は2年間タイに住んでいたことがあるが、そこで見た野良象がこの驚くべき映画を作るきっかけだった。野良象は確かにびっくり仰天な存在だが、野良象一頭でこんなに素敵なロードムービーを作り上げたタン監督にもびっくり! 荒唐無稽でありながら、時にホロリとさせられ、「タイのお姉キャラはもっと美形が多いと思っていたけどなぁ」的なニューハーフとの出会いやら、お笑いやら、生きにくい会社生活やら、人生の哀歓や喜びが象のゆったりした歩みの合間から見えてくる。
 中年男を演じた俳優も人生の悲哀や渋みを感じさせてくれるのだが、圧巻はポパイを演じた象のボンくん。タイ中のゾウ村を訪ね、100頭以上の象の中から選びだされた精鋭象だ。1995年生まれの23歳で、何代も続いた象使いの家族に飼われ、お寺の開眼式やお店の開店セレモニーなどで働く象。だから「待て」などの芸は習得していて、映画出演に際して学んだ芸は、ある地点から歩いてある地点に止まる、という動作や、俳優と一緒に歩くといったことくらい。外形も可愛いが、優しく賢かったことが起用のポイントだったそうだ。本作での名演技が認められたボンくんは、次作ではインド映画にも出演するという。
 かつては一流建築家だった主人公、会社では新しくのしてきた若手にいいようにあしらわれ、家庭もうまくいかない。もうすっかりイヤになって街を歩いていると、路上に幼い頃飼っていたポパイによく似た象がいる。思わず近寄り、♪ポッパイ ザ セイラーマン♪ と昔のように歌うと、鼻を高々と上げてパオーッ……。
 私たち同様、ポパイに夢中になっていたタイの子供も、いまや人生の黄昏時。思い出すのはなんの悩みもなかった幼い頃だ。そして、目の前には遊び相手だったポパイがちょっと大きくなっただけの姿でそこにいる。目指すは故郷、そして、子供時代。時空を超えるロードムービーが象のゆったりした歩みと共に始まる。カーステン・タン。すごい監督だ。
(フリーライター)







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