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評者◆睡蓮みどり
ひとりの女と、ふたりの男。――フランソワ・オゾン監督『2重螺旋の恋人』、三宅唱監督『きみの鳥はうたえる』
No.3365 ・ 2018年09月01日




■ひとりの女がいて、ふたりの男がいる。それだけでもう、何かが起こりそうな予兆。それも、あまり幸福ではなさそうな、陰鬱で静かな波乱に満ちている。全く知らないどこかの街で、どちらへ進むべきかもわからなくなってしまったかのように、どうしてこんなことになってしまったのだろう、何か悪かったのだろうか、どうして、と逡巡するうちに日が暮れてしまう。いつだって三角関係が魅惑的なのは、絶えず揺れ動き、悩み苦しむ胸の不安定な喜びに酔いしれたヒロインの表情が美しいからだろうか。
 冒頭で髪をばっさりと切り落としたクロエ(マリーヌ・ヴァクトはフランソワ・オゾンの完璧なミューズだ)の強気な視線のなかに、ほんの少しの戸惑いが垣間見える。『17歳』で売春をする女子高生を演じたあの少女が、知性をまとってすっかり大人になっているのにも驚かされてしまったが、原因不明の腹痛に悩まされカウンセリングを受けにやってきた彼女に、精神分析医のポール(ジェレミー・レニエ)が否応無しに惹かれていってしまうのに、何の不自然さも感じない。あまりに自然に、クロエに、あるいはマリーヌ・ヴァクトの魅力に惹かれてしまう。悩み深い彼女は淡々としているが、確実に脆さを含んでいて、その繊細さを守りたいと思わせる一方で、破壊したくなるような強い欲求を駆り立ててくる。ポールと同じ顔をして同じ精神科医である双子のルイとの出会いは、偶然なんかじゃない。クロエ自身が強い欲求を持っていなければ、この言い方が正しいかはわからないが、出会わずに済んだだろう。
 そもそも目の前にいる相手によって、誰と接しているかによって、自分が変わるということはごく自然なことではないだろうか。本当の自分などという定まったものはなく、常に変化し続けていることに気づかないだけで、私たちはいくつもの顔をもち、別の顔をしてはいないだろうか。ポールとルイ、二人の間で違う感じ方をし、違う顔を見せるクロエのどちらが素顔ということではない。彼女が務める美術館の展示物がいつの間にかグロテスクさを帯び、男との交わりのなかで他の男を思う。交わりのときだけは三人でいることが自然であるかのように。どこからがクロ
エの妄想なのかわからなくなり、やがて彼女のなかの双子性が疼く。『2重螺旋の恋人』(ヒューマントラストシネマ
有楽町他、全国公開中)。
 『海炭市叙景』にはじまり、佐藤泰志の小説を映画化する函館シリーズの最新作は、一九八一年に発表の小説と同じタイトルの『きみの鳥はうたえる』。函館の澄んだ冷たい空気のなかで、ひりつくような痛みと若さが胸に苦しみを与えてくれる。僕(柄本佑)と静雄(染谷将太)と佐知子(石橋静河)のなりゆきの共同生活は楽しくもあり、いつまでも続いていくような気がする。彼らは決して奪い合うことはなく、むしろ与え合う。だからこそ微かな喜びや微かな希望のなかで、息苦しさや寂しさがまとわりついてしまう。僕はぶっきらぼうで不器用だが、優しい。静雄は大人しく友達思いで、やはり優しい。そしてタイプの違う二人のどちらかを佐知子が選んだところで、何かが解決するわけでもない。そもそも解決とは何だろう。それでもこのまま三人でいるということが永遠には続いていかないことも、誰も口にはしないが、三人とも気づいている。ここに思いやりさえなければ、こんなに胸が苦しくなることもないのに。
 しかしこの三人は、三人でいるという完成度の高さを崩して欲しくないと願うほど、完璧な三人だ。僕にしても静雄にしても、佐知子がどちらか一方とだけとくっついてしまうのはあまりに勿体無い。そう思わせるほどに佐知子の揺れ動き方が魅力的なのだ。できることならずっとそのままたゆたっていて欲しいと願うが、それは若いひと時のものにすぎず、どこかで終わってしまうことを知っている。だからこそ、青春映画はいつでもちょっと苦いのだろうけれども。
 『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で主演に抜擢され、『PARKS パークス』でも印象的だった石橋靜河(原田美枝子と石橋凌の娘でもある)は、控えめななかにも一度見たら忘れがたい中毒性がある。実力派の染谷将太と柄本佑は日本映画に引っ張りだこだが、この作品で見せる顔はどの作品とも別のものであり、目新しい感さえ受けるから不思議だ。原作では舞台は東京だが、あえて佐藤泰志の出身地の函館で撮影されたからこそ、現代の映画としても少しも古びることのない空気感で彼らが存在しているのかもしれない。佐藤泰志の作品は驚くほどに映画と相性がいい。これまで佐藤泰志復権のために映画化を実現してきた函館シネマアイリスの菅原和博さんには本当に頭が下がる。
(女優・文筆業)







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