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評者◆北村知之(スタンダードブックストアあべの)
文庫本ながらバラエティに富んだ一冊
なんたってドーナツ――美味しくて不思議な41の話
早川茉莉編
No.3191 ・ 2015年01月24日




■最近、コンビニエンスストアのセブンイレブンが、コーヒーにつづいてレジ前のコーナーでドーナツの販売をはじめたといってニュースになった。既存のチェーン店とのあいだにドーナツ戦争勃発かと話題になっている。おでんに揚げ物に肉まんにと、ただでさえ混み合っているレジのあたりを思い浮かべると、最寄りの店舗の顔見知りの深夜勤務のスタッフによけいな同情を感じつつも、ドーナツ戦争という言葉にはつい頬がゆるんでしまう。
 このごろは販売するだけではなく、イートインのスペースを併設するコンビニも増えていて、ある意味でほんとうに街の居場所としての機能を拡大しつつある。誰であっても、ただ用もないのに店内をぶらぶらと見てまわり、買うものがなければそのまま手ぶらで出ていけるという点では、書店とコンビニはとても似ている。つい仕事帰りに一杯のコーヒー飲みたさに立ち寄ってしまう身としては、となりにドーナツがあれば買ってしまうだろうなと思わずにいられない。
 さて、そんなドーナツだが、編集者の早川茉莉によって、古今の玉子文学が集められたちくま文庫の『玉子ふわふわ』にひきつづき、同レーベルからこんどはドーナツをテーマにしたアンソロジー『なんたってドーナツ』がまとめられた。
 前作『玉子ふわふわ』は、森茉莉、武田百合子、田辺聖子、向田邦子、熊井明子など早川茉莉ご用達といった女性作家たちに、ミュージシャンの山本精一や研究者/ミュージシャンの細馬宏通の書き下ろしが混じっているのがおもしろかったが、『なんたってドーナツ』も、村上春樹や片岡義男といった有名なドーナツエッセイから、映画監督の五所平之助「焼きいもとドーナッツ」、植草甚一の「お菓子はほかのことを思い出させるものだ」という、それぞれ七十年代の雑誌に掲載されたレアな文章、さらに現代ではミシマ社の代表で編集者の三島邦弘や、文芸雑誌『mille』の編集長を務める丹所千佳、イラストレーターの西淑など文筆を本業としていない筆者の寄稿も収録している。料理家によるドーナツレシピも載っていて、文庫本ながらバラエティに富んだ一冊になっている。
 パンなのかケーキなのかわからない不思議な食べ物には、スイーツのように身構える必要のないおやつの素朴で日常的な幸福の味と、土星の環やUFOにもたとえられる神秘的な魅力がつまっている。 村上春樹の『羊をめぐる冒険』に、「ドーナツの穴を空白として捉えるか、あるいは存在として捉えるかはあくまで形而上学的な問題であって、それでドーナツの味が少しなりとも変るわけではないのだ」というセリフもある。
 ドーナツ本としてもう一冊おすすめなのが、『ドーナツを穴だけ残して食べる方法――越境する学問 穴からのぞく大学講義』(大阪大学出版会)。「ドーナツを穴だけ残して食べるには?」という矛盾を孕んだ命題に、大阪大学の経済学、哲学、数学、美学など十二の分野の教授たちが、それぞれの専門をいかして真剣にとりくみ、さまざまな解答にたどり着くというもの。とにかく限界までドーナツを削るという工学派、ドーナツには穴があるという暗黙の前提そのものを疑う歴史派、4次元空間でドーナツを食べると仮定する数学派などなど、ユニークすぎる知の実験が繰り広げられる。求めているのは正解ではなく、自らの正義だといわんばかりの姿勢に、学究という狂気の世界を垣間見たような気にさせられる。それでドーナツの味が少しなりとも変るわけではないのだが。







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