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評者◆殿島三紀
“ポーランド”と発声することなく、ポーランドへ行けるか――監督・脚本 パブロ・ソラルス『家へ帰ろう』
No.3381 ・ 2019年01月01日




■『マチルダ 禁断の恋』『メアリーの総て』『マイ・サンシャイン』『私は、マリア・カラス』等を観た。
 『マチルダ 禁断の恋』。ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世と美貌のバレリーナ、マチルダ・クシェシンスカヤとの恋を描いた実話に基づいた作品。監督はアレクセイ・ウチーチェリ。皇帝の狂おしいまでの性愛が描かれたとあって上映館の放火をほのめかすキリスト教過激派組織も登場したといういわくつきの映画だ。
 『メアリーの総て』。サウジアラビア初の女性監督ハイファ・アル=マンスールが「フランケンシュタイン」の作者メアリー・シェリーの人生を描いた作品。主演はエル・ファニング。メアリーが「フランケンシュタイン」を18歳で書いたことも驚きだが、19世紀に生きた彼女とサウジアラビアに生まれた監督の、女性として生きることの困難さがかぶるという点も興味深い。
 『マイ・サンシャイン』。長編デビュー作『裸足の季節』(2015)で話題を呼んだデニズ・ガムゼ・エルギュヴェン監督作品。1991年のLA暴動を舞台にハル・ベリー演ずるホストマザーと暮らす不幸な家族環境の子どもたちとのつながりを描いた映画であり、未だ抜きがたく存在する黒人への差別を容赦なく抉り出す作品。
 『私は、マリア・カラス』。カラス没後40年にしてみつかった未完の自叙伝。オペラをテーマにした短編映画を手掛けてきたトム・ヴォルフ監督がこの自叙伝と彼女の親友たちから集めたプライベートな手紙や未見の秘蔵写真・音源からカラスの実像に迫るドキュメンタリー作品。
 そして、今回ご紹介するのは『家へ帰ろう』。88歳のおじいさんがアルゼンチンからポーランドへ旅をするロードムービーだ。とはいえ、ただの旅行じゃない。老人の名前はアブラハム。そう、ホロコーストを逃げ延び、アルゼンチンで仕立屋として生きてきたユダヤ人なのだ。だが、もう88歳。寄る年波で足も痛いが、その人生には一つだけ心残りがある。それは故郷で命を助けてくれた友人に自分が仕立てたスーツを届けること。それを果たさずして、老人ホームになど入っていられるか――ということで始まる痛快でありながら、複雑な事情も絡む冒険旅行である。
 監督・脚本はパブロ・ソラルス。本作が長編映画監督の2本目だ。アルゼンチン生まれの監督が初めて「ポーランド」という言葉を聞いたのは6歳の時。なぜなら、祖父の家でその言葉は禁句だったから。その理由を家族に訊いてもなかなか教えてもらえず、祖父はポーランドに生まれながらユダヤ人であったがためにその国を離れなければならなかったこと等が分かったのが6歳の時だった。本作はユダヤ人である監督の体験談でもある。
 ポーランドには行きたいけれど、トラウマから「ポーランド」という言葉も「ドイツ」という言葉も発音したくないし、列車に乗ってフランスからポーランドへ行くにも絶対にドイツを経由したくないとパリまで来て、騒動を巻き起こしつつ、親切な人々(ドイツ人もいる)の助けを借りながら一歩一歩目的地へ近づくアブラハムじいさん。車内で交わされるドイツ語を聞いているだけで気分が悪く、当時の記憶が悪夢となってよみがえり、当時傷めた足もズキズキする始末。そんな状態で70数年音信不通の親友に会えるのだろうか。それより彼はまだ生きているのだろうか。
 地球の裏側へのロードムービーであるだけでなく、70数年前へのタイムトラベルともいえる本作。目的地ウッチは繊維産業の町であり、アンジェイ・ワイダ『約束の土地』(1975)の舞台。繊維産業の町だからアブラハムは仕立屋という設定だ。終始笑わせておきながら、車内で見る悪夢の中で酷薄な体験や親友の行動を見せるところなど、監督かなりの映画巧者と見た。良い映画だった。
(フリーライター)







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