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評者◆睡蓮みどり
試してくる映画たち――アンドレア・パラオロ監督『ともしび』、セドリック・ヒメネス監督『ナチス第三の男』
No.3384 ・ 2019年01月26日




■シャーロット・ランプリングがなぜ美しいのかということをあえて書くのはもはや野暮なような気さえするが、美しいのだからそう書かずにはいられない。美の基準は人によってそれぞれ、などという毒にも薬にもならない一般論も何の意味もない。若き日に『愛の嵐』(1975年、リリアーナ・カヴァーニ監督)で魅せた,裸体にサスペンダー姿の官能性やしなやかな肢体は、一度見たら忘れがたく脳裏に焼き付けられるだろうし、ヴィスコンティが惚れ込んだ「なんでも知っている哀しい瞳」は年齢と関係なく、いつも微かな光を灯してはいるものの少しくすんでいて、誰にも媚びることなく、悲しみや悦びにふつふつと燃えている。ランプリングは確かに格好いい。でもそれが強さなのかというと違うと思う。何にも動じない、ということではなく、いつも少し戸惑いながら、揺れながら、巻き込まれながらそこに存在していることを受け入れていこうとする。
 現在72歳になるランプリングだが、昨今も積極的に映画に出演し『まぼろし』(2000年、フランソワ・オゾン監督)、『さざなみ』(2015年、アンドリュー・ハイ監督)で戸惑いの妻を演じてきたが、最新作『ともしび』で惜しみなく見せたランプリングの裸体には驚きを隠せなかった。静かな生活も、夫がとある罪によって刑務所に入ることになり、ある日突然崩れ去ってしまう。演劇のレッスン、ジム、若い富豪の家での家政婦の仕事。普段と何も変わらずに過ごそうとしていくが、そんな日常は少しずつほころんでゆく。
 私の知人で、もう子育ても終えてこれからいよいよ夫と二人暮らしをしようとした矢先に、夫の身勝手な行動によって、突然それまで積み上げて思い描いてきた人生を崩されてしまった人がいる。彼女は荒れ狂うでもなく、逃げ出すでもなく淡々と「変わらずに生きることが私のせめてもの抵抗なの」と言っていた。その言葉は私にとってとても衝撃的で、同時にすぐには理解し難いものだった。真意はおそらく彼女にしかわからないのだろうが、それは単純に家族愛だとか夫婦愛の類に収められるものではないということだけは理解できたような気がした。『ともしび』のランプリングを見て、私は彼女とランプリングを重ねずにはいられなかった。
 この作品を興味本位だけで覗き見したら大変なことになる。この映画から伝わってくる不穏な空気(冒頭のシーンを見た瞬間、そのことをすぐさま感じざるを得ないだろう)、神経に障る日常音、ちょっとした会話の痛み、すれ違い、そういったすべてが計算されて画面の中で展開し、そこにランプリングという存在感がリアルな肉体の痛みとして重みを与えている。夫がどんな罪を犯し、妻がどこまでその真相を知っているのか、あるいは少しでも加担しているのか、表面的になぞっただけではわからない。全てが謎に包まれたまま、それを解き明かさないで進んでいくこのスタイルは実験的というよりも実に映画的な真摯さでもって魅了してくる。一方で、このモヤモヤしたものをいかに自分の中で咀嚼できるかが試されてもいる。いま、私たちは多くの場面において自らの言葉を持つことが試されている。そのことを突きつけられているのだと、改めて実感した。



 鉄の心臓を持つ男、ラインハルト・ハイドリヒ(ジェイソン・クラーク)。『ナチス第三の男』(1月25日よりTOHOシネマズシャンテ他全国順次公開)の主人公はヒトラー、ヒムラーに次ぎ権力を手に入れ、ユダヤ人大量虐殺の首謀者、そしてチェコ保護領の副総督として思いのままに動く。貴族階級で熱狂的なナチ党員の妻との出会いが、ハイドリヒをゆるぎなきヒトラー信者へと変えていく。最初、このハイドリヒという大男は不思議なくらいどこか自信がないように見える。弱さゆえの苛立ちや未熟さが垣間見え、何かに取り憑かれたように信じ切ったその様子は無様以外のなにものでもない。『ゴーン・ガール』(2012年、デヴィッド・フィンチャー監督)でも計算高い悪女を演じたロザムンド・パイクが、圧倒的に排他的で、熱狂的なナチ党員の妻を演じている。最期の時を迎えようとしたハイドリヒを前にした妻のこわばった表情は何とも言えない迫力があった。
 この物語はハイドリヒ暗殺にまつわる、ハイドリヒ側の人生と、ハイドリヒ暗殺を企てるイギリス政府とチェコスロバキア亡命政府のうち、実行犯となった若きチェコスロバキアの軍人ヤン(ジャック・オコンネル)とヨゼフ(ジャック・レイナー)の二人の物語が描かれる。一般市民までもが巻き込まれて物のように惨殺されていくシーンには目を伏せたくなる。実際に過去に起こった戦争の悲惨さから、この物語の結末が決して救いようがないことも知っているが、ハイドリヒ暗殺後の視点をヤンとヨゼフの友情にスライドさせることで,新たな映画の展開が待っている。ハイドリヒという男は途中から何も考えていないように見える。一方でヤンとヨゼフは最期まで人間でいることをやめていない。この作品は、少なくともおそらく今はまだ人間であるはずの観客に何を問いかけてくるのだろうか。
(女優・文筆家)







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