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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻26
No.3281 ・ 2016年12月03日




■「神戸製鋼煤塵データ改ざん」発覚

 2002年9月12日、井筒高雄は、「読書活動推進法の具体的展開、子育て支援策」と「神戸製鋼煤塵問題」の2本立てで、加古川市議としての初の一般質問にのぞんだが、市当局の老獪な答弁に巧みにかわされて「空振り」に終わり、なんともほろ苦いデビュー戦となった。
 この初体験ショックをうけて、井筒は二つの課題を自らに課した。
 一つは、どうやれば市当局から「実のある答え」を引き出せるか?
 もう一つは、「参謀役」の高砂市議・井奥雅樹からの「自立」である。
 当選順位は下位ながらも話題満載で市議となったことで、井筒は、周囲から「お手並み拝見」と見られていた。それがデビュー戦の「空振り」で、市当局や同僚議員たちからは、「なんや、所詮は井奥の『操り人形』やないか」と思われたに違いなかった。これは不甲斐ないだけではない、このまま井奥の「操り人形」と見られていたら、そもそも「市当局から実のある答えを引き出す」ことも叶わない。
 そこで、井筒の無手勝流の「自分磨き」がはじまった。
 まずは、身近なところで、高砂市議会を傍聴、井奥をふくめて手練れの議員たちの質問・審議ぶりをじっくり観察して学んだ。そして、井奥の紹介で、兵庫県下で開催される無所属議員たちの交流をかねた月例の勉強会にかかさず参加、そこでできた人脈をつないで近畿一円の同様の集まりにも参加、さらには法政大学の廣瀬克哉教授が東京は市ヶ谷キャンパスで主宰する市民と議員の条例づくり交流会議「自治体議会改革フォーラム」にも通って、大いに人脈と知見を広めた。
 同僚議員からも謙虚に学んだ。もっとも「ためになった」のは、市議会の保守や重鎮も一目を置く、共産党加古川市議団の山川博議員の「仕事ぶり」だった。山川は行政書士ということもあって、当局の議案書などの細かい数字や微妙な言い回しに着目、そこから、行政の問題点をあぶりだすのが実にうまかった。たとえば、井筒が議員になる前にはまるで関心もなかったが、行政文書に頻出する「○○等」の意味の深さである。実は、「等」をつけることで、行政は好き勝手な「事業」や「事案」を実施できる。したがって、逆に「良質な議員」からすると、「等」は、行政から「実のある答弁」を引き出す「突っ込みのツボ」なのである。「等」以外にも行政に対する突っ込みどころは細部に宿る。それを井筒は、共産党の山川から学ばせてもらったのだった。おそらく、学生運動上がり、あるいは市民運動上がりだったら、「肌合い」の違いから共産党の議員から学ぶことはまず考えられないが、イデオロギーや党派性とは無縁の育ち方をしてきた井筒にはそんなこだわりはない。いい意味での融通無碍さが井筒の身上であり、それが彼をユニークな地方政治家として成長させる原動力となったのかもしれない。
 さらには、最大の分類項目である「款」に始まって、「項」「目」「節」と絞り込まれる迷宮のような予算書・決算書をどう読めばいいかも会得できるようにもなった。こうして井筒は、めきめきと質問力と追及力を身につけていった。
 2年目には本会議での議案や付託された常任委員会での議案質疑で「細部に宿る問題点」に突っ込みを入れ、当局から「実のある答弁」を引き出し、たとえばごみ収集事業の随意契約の見直しに着手させ、3年、4年目には、ベテラン与党議員から、「よう勉強しとるやないか、もっと上をねらったらどうや」と声をかけられるまでになった。「上」とは県会議員、あるいは市長、ひょっとしたら国会議員を意味していた。もちろん半分は揶揄だが、おそらく半分は本音だった。それぐらい一目も二目も置かれるようになった。それでも、井筒の実態と実力はまだまだ毛色の変わった一匹狼でしかなかった。
 その井筒に地方議員としての飛躍をうながす事件が、改選を一カ月後にひかえた2006年の5月22日におきた。
 神戸製鋼加古川製鉄所と神戸製鉄所で、煤塵データが改ざんされていたことが明らかにされたのである。2年前の2004年4月から加古川製鉄所で事故が多発、立入調査にはいった原子力安全・保安院近畿支部から「厳重注意」を受け、社内調査が進められた結果だった。
 さっそく兵庫県環境部局や加古川市が立入検査を実施。12日間にわたり、のべ150人超を投入して、自家発電用ボイラー5年分、鉄鋼関連設備3年分の煤塵排出データを精査した結果、測定器のペンを浮かせてチャート記録を中断させたり、チャート記録を手で書き換えることで煤塵中の窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)のデータを改ざん、実際の数値の中には大気汚染防止法の基準値を超えていたものがあったことが判明したのである。
 マスコミも「まるで炭鉱」の見出しで追及(朝日新聞6月14日)。加古川はこの問題で大揺れに揺れた。
 思えば4年前、議会初質問で、市側から、「神戸製鋼は十分な対策を講じ、同社の調査でも煤塵の数値は国の基準以下であり、市としてはまったく問題ないと理解している」とあっさりかわされたが、いったいあれは何だったのか。
 井筒は、神戸製鋼の工場前や加古川駅頭で抗議行動をいっそう強めるとともに、迷うことなく、「神戸製鋼煤塵データ改ざん問題」に焦点をしぼって、2回目の選挙戦に突入。その作戦は見事に功を奏し、4年前の2599.444票(「たかお」がダブる田中たかおとの按分)を大きく増やす3398票を獲得、順位も定数36のうちの28位から、12位で再選を果たしたのであった。
(文中敬称略)
(つづく)







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