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評者◆睡蓮みどり
愛の手ざわり――ブイ・タク・チュエン監督『漂うがごとく』、シルヴィオ・ソルディーニ監督『エマの瞳』
No.3392 ・ 2019年03月23日




■夫でない男性に惹かれる“不道徳”は、映画や文学の題材として度々描かれてきたが、『漂うがごとく』がベトナム映画だということは興味深い。戦後、ハノイを中心に国家主導の映画製作を続けてきたベトナム映画。現在も検閲があり、直接的な性、暴力、ドラッグ、また(未だに)同性愛などの描写に対して制約がある。またアジアに限ったことではなく、ヨーロッパなどにおいても先述の理由のほか、政治的、宗教的、人種的理由から上映が禁止された過去はある。現代の日本では「表現の自由」という大義名分があるために一応検閲は存在していないことになっているが、ハリウッドを抜いて世界第一位の製作本数を誇るインドにも、ラオスにも、ミャンマーにも、その他多くの国に検閲は存在している。中国・上海出身のロウ・イエ監督が『天安門、恋人たち』(06)を製作したときは国内で上映できなかっただけでなく、その後5年間の制作禁止命令が出されているのは有名な話だ。
 どこか不穏な結婚式のシーンから始まり、何とも危うい匂いが立ち込めるこの作品では、たった3ヶ月で結婚を決めた年下の夫ハイ(グエン・ズイ・コア)との満たされない生活と、どこか危険だと思いながらも出会ったばかりのトー(ジョニー・グエン)に抗えず惹かれていく、主人公ズエン(ドー・ハイ・イエン)の揺れ動きを描く。気持ちが漂っているのはズエンだけではなく、登場するすべての人物たちが皆そうなのである。多くは語らず、暗い映像から浮かび上がる心情に、瞬間瞬間の細やかなシーンに、引き込まれていく。暗い、といえば暗い家の窓際に立ったズエンが外を覗くシーンは、フランス領インドシナを舞台にした『愛人 ラマン』(92)で主人公が密会場所で外を覗くシーンを思わず想起させる。あの室内と窓の外に広がる世界には、物理的な距離の問題では計り知れない大きな溝がある。多くの女たちが映画のなかで、部屋のなかから窓の外を見つめてきた。
 夫のハイは新婚だというのに妻に対しての感情が非常に希薄だ。「愛ってよくわからない」と薬師丸ひろ子が歌う調子で言われたら可愛げもあるのだが、どうも子どもっぽさが抜けず、他人に踏み込んでいこうとしないもどかしさにやきもきさせられる。一応、ハイがなぜ冷めているのかはさらりと描写されるのだが、あくまで表面的なものにすぎない。一方のトーは強引で、登場する女性たちに何かしら愛され、最初は「うぶ」で「震えている」ズエンが肉体的な喜びに目覚めるきっかけになるわけだが、遊び人と括ってしまうにはもっと複雑な人物設定で、そこがまた一層魅力的なのである。小説を書いているズエンの親友カムは、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『インドシナ』(92)で、愛の逃避行を遂げる、まだあどけなさの残るインドシナの女王を演じたリン・ダン・ファンが演じている。長い黒髪の少女だった彼女も、ショートカットで何やらミステリアスな雰囲気を醸し出した大人の女性に。それもそのはずで、もう40を過ぎているというので驚かされる。
 脚本のファン・ダン・ジーはこれまでも同性愛をテーマに描くなど(彼の監督作はベトナムでは公開できていない)、愛の多様性に注目し、今回も見せないことで見せるギリギリの表現を模索し、監督のブイ・タク・チュエンは、これまでも政府と海外の両方から支援を受けるなど、新しい世代の映画作りを意欲的に探っている。
 グエンが、運転するハイの肩にそっと手を伸ばす。その前に、娼婦の女性がハイを誘うシーンにも描かれているしぐさだ。抱きつくわけでもなく、キスするわけでもなく、ただそっと触れる。二人は雨のなか、これからどこにいくのだろうか。静かに胸を打つ名作だ。

*   *

 『春琴抄』(76)、『街の灯』(31)などの名作の他、先述のロウ・イエ監督の『ブラインド・マッサージ』(14)など、これまでも見えていない者と見えている者の恋物語は多く生まれてきた。「本当に大事なものは目には見えない」と、本質を見ることの大切さは「星の王子さま」のなかで語られている。その言葉はだれしも一度は耳にしたことあるだろうが、『エマの瞳』がより魅力的なのは、美しい精神論にとどまらず、肉体に惹かれていく男女の姿を惜しみなく描いていることだろう。彼らは本能的に求め合い、触れ合い、確かにその手で愛に触れる。繰り返されるその行為はラヴシーンを越えて、互いの存在を認める行為だ。
 盲目のエマ(ヴァレリア・ゴリノ)は仕事もこなし日々を着実に生きる女性である。広告代理店に勤めているプレイボーイのテオ(アドリアーノ・ジャンニーニ)はいつも人間関係を深めることから逃げる(先出のハイと大きく違うのは、テオが愛とは何かをそれなりにわかっているがゆえに面倒なことに関わりたくないということだろう)。私は映画のなかのプレイボーイたちのことを比較的愛してきた方だと思うし、むしろそういう役柄は好きなのだが、このテオという男には驚くほど何度もイラっとさせられた。いい加減な態度でお茶を濁す。正式な彼女グレタ(アンナ・フェルツェッティ)がいながら、人妻の愛人にまでなり、エマにもちょっかいを出す。グレタは現実的な面はあるものの、美人で十分に魅力的だ。エマもまた見えないというハンディキャップはあるが、知性と色気を兼ね備えている。ヴァレリア・ゴリノは女優としての魅力を最大限に発揮している。
 ある日、エマとの逢瀬の言い訳のためにテオが苦し紛れに「かわいそうな人の手伝い」だと恋人に説明したことが発覚する。当然、エマはテオの言動に傷つき、怒り、悲しむ。それはグレタも一緒だ。素晴らしいのは、エマとグレタの精神面を比較し、どちらかが女性として優れているかなどというテオ視点の見え透いたマッチョな精神論を展開しないところだろう。テオのあまりの煮え切らなさもあり、最後まで結末がどうなるか想像がつかない(テオにイラついているので、二人からフラれればいいのにとは思ったが)。エマの精神的な成熟は決して盲目的になることなく、この波乱万丈の物語をより大人の恋として見せる。暗闇というエマの感覚のなかに入り込んだテオは、彼女との制限された交わりのなかで、感じ合い、愛し合う。理屈じゃない。星の王子さまよりブルース・リーの方がよっぽど愛の哲学者なのかもしれない。
(女優・文筆家)







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