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評者◆稲賀繁美
海洋亜細亜 Oceanic Asiaにむけて(2)――雛形としての島嶼
――国際日本研究の新たな可能性
No.3400 ・ 2019年05月25日




■世界史理念の再構築には、領土意識に規定された人文地理学だけではなく、地質学、気象学、海洋学の知見の広範な動員が不可欠である。これには表面的な文理融合を越えた総合的な方法論の融通と彫琢が欠かせまい。山東半島や韓半島で原発事故が発生すれば、大気に放出された放射能は数日で日本列島に到達する。福島原発事故は太平洋の親潮と黒潮との交差点へと海水汚染を拡大した。
 プレートの移動による大規模地震や津波も人類の設けた人為的国境を乗り越えて波及する。大洋上の矮小な孤島は排他的経済水域の利権に関わるため、資源争奪の争点となり、国際緊張の火種となる。軍事的安全保障や政治的覇権も、海賊的簒奪を糊塗し正当化する代理表象に過ぎまい。さらに架空金融市場は実体経済とは無関係な膨張をやめようとしない。この暴走の起源は500年前の「新大陸」の「発見」にあり、その理論的裏付けは、市場拡大の極限値を無限遠方に設定した数学的虚構にある。
 近代経済の原動力をなした数値主義は、座標軸の再設定なくしては、もはや無効である。社会科学は選択した座標関数の有効性を吟味する。人文学は座標の価値論的基礎付けを問う。今やこれらの学知の再生と動員が必須となる。Oceanic Asia構想は、ここに立脚する。この問題圏にあって、近代日本の特異な経験は、世界史大の意義を蔵している。だがそれは、まちがっても成功例としてではない。地球大の矛盾を集約した悪しき標本として、その再吟味が有効となる。「徳川の平和」から開国維新、さらに「大東亜共栄圏」構想から太平洋戦争の破局、「奇跡の経済復興」失速後の「失われた30年」まで。全アジアに環太平洋までを視野に収め、国際的視野に立った新たな日本研究の可能性が、ここに開ける。
 ポスト・フクシマ時代、ロシアは津波にも対波性がある水上浮揚原子力発電船を開発し、中国は、巨大なケージで回遊魚を養殖しつつ洋上を自在に移動できる養殖船を稼働した。これらは何かを思い出させる。かわぐちかいじの『沈黙の艦隊』はなお冷戦構造下の着想だったが、主権国家に対して治外法権と公海の自由航行権を主張する潜水艦を設定し、海洋国際秩序の常識に疑問符を突きつけた。さらに遡れば井上ひさしの『ひょっこりひょうたん島』。幼児向けのTV番組の体裁ながら、目的なく彷徨う漂流船には、矮小な島国へと縮小した敗戦後日本への風刺、島嶼村落共同体への突き詰めた観察があった。日本列島は沖縄諸島、さらには与那国島や国境問題の焦点となる無人島にまで縮小還元できる。外部の利害に翻弄される島社会の姿も、偽善者政治家や海賊の闖入によって、巧みに演出されていた。『吉里吉里人』がフクシマを、ひょうたん島は、海洋アジアの原像を予兆していた。
 南米移民航路を拓いた大阪商船は、同時に大連航路で満洲移民にも関与した。戦前の移民船は太平洋戦争に輸送船として徴用され、ほぼすべて沈没した。さらに大和特攻を含む多くの修羅場を生き延び、敗戦後台湾海軍に配属された「奇跡の駆逐艦」雪風の事例。これらの艦船や貨客船の運命も、ひょうたん島に密かに投影されていたはずだ。
 虚構の小説に託された想像力、その背後に潜む移民統治と資源戦争。柄谷行人の近著に倣うなら、海洋に浮かぶ島嶼日本に『世界史の実験』の現場を見据える理路と見識が、今問われている。

※AAS Annual Conference in Denver,March21‐24, 2019,に取材した。http://www.asian‐studies.org/Conferences/AAS‐Annual‐Conference/Conference‐Menu/PROGRAM/を参照されたい。







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