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評者◆稲賀繁美
海洋亜細亜 Oceanic Asiaにむけて(3)――違法越境の技術‥銀と阿片と飛行機と
No.3401 ・ 2019年06月01日




■前期倭寇には、元寇のおり福建や朝鮮半島から徴用された海民の子孫が多数関与したという。海賊行為横行の背景には、現実と禁令との矛盾が潜む。公式見解では朝鮮は銀を産出しない。だが明への朝貢には銀が必要となる。禁銀と承知のうえで日本から密輸する結果となる。朝鮮の公文書には、こうした不都合な現実を儒教道徳によって糊塗する修辞が散見する。
 明で銀の需要が高まる一方、倭銀の直輸入は海禁に抵触する。中国沿岸で後期倭寇が猖獗を極めたのも当然だろう。自国の反乱居留民は倭人に変装し、日本からの来襲者は朝鮮服で出自を隠す。沿岸の被掠奪民は、倭人流の藍染め衣をわざと遺留品に混入する。
 北方の女真族による征服王朝と呼ばれる清も、元と同じく金融決済に銀を使った。アカプルコから運びだされるメキシコ銀や、日本は石見を代表とする膨大な量の銀が中国に流れ込む。18世紀中頃には年間2、3百万西㌦相当の銀が中国に流入・蓄積された。ベンガルなどで栽培された阿片を中国に売ってこの銀を入手し、インド経営に用立てたのがイギリスである。19世紀初頭に年間3500箱ほどだった中国への阿片輸出は30年代後半には10倍の3万5千箱を超える。1820年代末には広州での阿片の輸入代金は990万銀両に達し、他の商品取引総額を凌駕した。清朝の国家歳入の4分の1近くに相当する計算となる。阿片による銀の流出を阻止せねば国家財政が破綻する。かくしてアヘン戦争が勃発する。
 日本の満洲国経営は、同じ手法を応用している。熱河は罌粟栽培で有名だったが、関東軍の熱河侵攻に直面するや、都統の湯球麟は金銀財宝や阿片を車両に乗せて天津へと脱出した。続く塘沽停戦協定(1933)成立以降、中華民国と満洲国とのあいだの非武装地帯では、阿片生産が急増する。日本側の傀儡とされる冀東防共自治政府の財政基盤には阿片専売制度がある。
 ここで隠れ蓑となったのが満洲航空。奉天管区長・河井田義匡が残した日誌は、天津から朝、張家口に飛び、そこで阿片を積み込み、済南で燃料補給のうえ上海に日帰りで運送する航路の存在を証言する。民間航空機が阿片密輸の片棒を担ぐ。満洲側の資金源が、民国側の金融体制に打撃を与える。一挙両得の謀略といってよい。中毒撲滅と福利厚生とを謳いながら、その裏では軍資金調達目的の暗躍を許す、巧妙な二枚舌である。
 海路による交易は、租界における治外法権や領事裁判権を口実に、植民地形成の布石をなした。貿易統制や海禁措置の断行は、かえって密貿易や海賊行為の横行を助長する。20世紀になると航空機の新たな導入が、国境を跨ぐ越境的侵犯や違法取引に、恰好の手段を授けた。
 「国際法の父」グロチウスが唱えた「自由海論」は、建前では海賊行為を糾弾しつつも思わぬ抜け穴を残し、現実にはかえって「海賊の合法化」に与する結果となった。船内や機内空間には、領海か公海か、あるいは領空内外の違いを問わず、船籍や機籍登録国の法律が適用される。だが地上の大使館が治外法権を享受するのとは違い、移動する船舶や航空機は領海・領空侵犯の主体ともなる。電子上の仮想空間は、さらに厄介な法律問題を招来する。「海洋アジア」は理念上「海賊船」跋扈の温床とも「一帯一路」をなす。

*広中一成「冀東政権の財政と阿片専売制度」『現代中国研究』第28号ほか、村井章介『世界史の中の戦国日本』ちくま学芸文庫、2012、岩田祝全『銀の世界史』ちくま新書、2016、羽田正『東インド会社とアジアの海』講談社学術文庫版、2017などの一般書を交差させるだけでも、ここ六百年の世界像の常識を洗い直す「海賊史観」構築が可能となる。







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