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評者◆睡蓮みどり
アラン・ドロンに殴られたい――中野量太監督『長いお別れ』、マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督『パリの家族たち』
No.3401 ・ 2019年06月01日




■今年もカンヌ国際映画祭の季節がやってきた。現在、開催真っ只中の第72回目はアニエス・ヴァルダの『La Pointe Courte』撮影中の写真がポスターに起用されている。リュミエール研究所のティエリー・フレモー氏は本年度のノミネート作品のラインナップについて「ロマンティックで政治的だ」と語っており、審査員長は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、『レヴェナント‥蘇えりし者』の監督アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督が務める。他にもアラン・ドロンが名誉パルム賞を受賞するも、女性蔑視発言をしたとして#metooを牽引するアメリカの団体から抗議を受けたことがニュースになった。「過去に女性を叩いたことがある」「同性婚のカップルが養子は持たない方がいい」という発言をしたおかげで、フランスの権利団体も懸念していたのは事実だが、カンヌ運営側が「ノーベル平和賞じゃあるまいし」と言ったように、アラン・ドロンの功績を称えないのはやはりおかしい。それに美男子の代名詞とも言えるアラン・ドロンほどの世に稀な美形俳優が、「男性一般」としての意見なんか言えるわけがない。そんな私の発言こそ蔑視的と非難されるかもしれないが、周りに男も女も寄ってきたのだろうし、そりゃあ倫理問題で片付かないことが色々あっただろうし、なんだかちょっと不憫な気もするのだ。先日、『空母いぶき』で首相役を演じる佐藤浩市のインタビュー発言の一部がまるで現総理を批判したかのようになって主にネットで炎上した。そういう意味ではアラン・ドロンの発言とは意味が真逆だけれども、発言すら許さないという過剰な風潮は窮屈だ。三流作家が偉そうに!
 コンペ部門ではジム・ジャームッシュのゾンビ映画『The Dead Don’t Die』が話題になっている。ペドロ・アルモドバル『Pain & Glory』、グザヴィエ・ドラン『Matthias & Maxime』、ケン・ローチ『Sorry We Missed You』、マルコ・ベロッキオ『The Traitor』、そして直前になって正式にコンペに出品されたタランティーノ『Once Upon a Time in Hollywood』など、気になるものばかり。個人的にはアルモドバルに取ってほしい。この記事が出るころには結果が出ているはずなので非常に楽しみだ。
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 『長いお別れ』と聞くと、レイモンド・チャンドラーを思い出さずにはいられないわけだが、『チチを撮りに』がインディーズで注目を浴び実力が評価されて、早々に宮沢りえ主演の『湯を沸かすほどの熱い愛』で商業デビューした中野量太監督が、認知症を患い忘れてゆく父とその家族の物語を描いた。「長いお別れ」は認知症のことを意味する。校長先生まで務めた元教師で、頑固なところもあるけど実は家族思いの父を山崎努が演じている。現在82歳。と
いうことはアラン・ドロンとほぼ同い年ということだ。ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を原作とした寺山修司の『さらば箱舟』、伊丹十三の『お葬式』『タンポポ』『マルサの女』等で大活躍のころも最高だけど、最近だと『モリのいる場所』で樹木希林と夫婦役を演じたのが印象的だった。
 境遇の対照的な姉妹を竹内結子と蒼井優が演じている。妻であり母を演じる松原智恵子の独特で柔らかな空気感もやはり素晴らしい。まともに喋ることができず意思疎通が困難になっていく一方で、彼が秘めていたものを再発見し、父親を軸として、奮闘する姉妹と母親の3人の女の人生を描く。認知症を発症した
父との7年間の物語は、原作者・中島京子さんの実父との実体験が元になっているという。忘れられていくことは辛い。しかし、忘れかけていたから思い出すこともあると気づく。これまで作品の中で中野監督の描いてきた家族像はどこか歪さや、不完全さを孕んだ上での「家族」だった。「やっぱり家族だから分かり合える」というキズナを押し付けることもなく、時代と季節を経て、生きてゆく姿を掬い取ってゆく。記憶もの、家族もの、というフィルターをかけてもあざとくもならず、それでいてユーモアに富んでいる不思議な魅力の作品だ。
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 『パリの家族たち』は、タイトルに家族とあるが、様々な境遇にいる女性たちを描いた群像劇。家族もの、というよりはパリに暮らす女たちの物語だ。原題は『LA FETE DES MERES(母の日)』。いろんな家庭環境の子どもがいるから、と母の日を祝うのをやめようという提案があるクラスで物議をかもす。赤ん坊を抱えた大統領、教え子と恋を楽しむ大学教授、二児の母のジャーナリスト、妊娠を恋人に言えない花屋、ベビーシッター、小児科医、出稼ぎに来た娼婦、と女性たちの設定に多様性をもたせているぶん、男性像の描き方が少し残念な部分はあるものの、彼女たちが自分自身の母親と、自分が母親であることと、自分が母親になろうとしていることと、母親にはならないでいることと、姉妹でいるということと、女性であるということと、向き合っている姿を一つ一つとても丁寧に描こうとしているのが伝わってくる。女性賛歌というのはもはや対男性としての女性像ではないはずだ。やっぱり女って強い、すごい、という一つも二つも前の「女の描き方」にはうんざりだ。それは単純に「頑張ってるアタシ」の押し売りだったり、「オトコなんかに負けないわ」みたいな安易な像だったからだと思う。
 ここに登場するそれぞれの人物たちは奇跡的なつながりを見せるものの、ご都合主義の物語設定ではない。シンプルでいて複雑、複雑でいてシンプルなのだ。欲をいえば、さらにもう少し時間をかけてそれぞれの人物の心情をのぞいてみたいような気もするが、その余韻こそが観客への問いかけなのかもしれない。教え子と交際を続ける大学教授を演じたオリヴィア・コートが特によかった。彼女たちのゆらぎを含めて描こうと、真摯に向き合おうとする監督の姿勢はやっぱり素直に素敵だと思う。なんでもそうなのだけど、集団になったり運動になったりすると、途端に意味が変わってきたり、他を抑圧しようという動きには辟易する。集団になって過剰になるのは簡単なわけだ。そうではなく、個々人がバラバラのままで、しかし強く生きていくということ。「女性を平手打ちしたこともあるけど、された数の方が多い」とさらりと言ったアラン・ドロンの言葉を一概に批判する気になれないのは、それが一般論ではなくアラン・ドロン自身の文脈だからだ。大顰蹙を買うことをおそれずに言えば、私はアラン・ドロンに殴られたい。
(女優・文筆家)







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