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評者◆稲賀繁美
「命名」と「内容」との予兆論的癒着について――「ナビ派」と呼ばれる画家たちの軌跡を批判的に回顧する
No.3409 ・ 2019年07月27日




■1981年、西洋美術館で『モーリス・ドニ』展が開かれた。その準備のおり、大学院生の筆者に手伝いの話が来た。前川誠郎館長直々の打診だったが、「稲賀繁美」が男だと判明すると「なんだ男か」の一言で、話は立ち消えとなった。2003年『モーリス・ドニ』展(新潟県立近代美術館)開会式への新幹線車中で、たまたま前川先生と乗り合わせ、20年前の昔話となり大笑いしたのも懐かしい。Maurice Denisといっても知名度はいまひとつだが、20世紀抽象絵画を予言するような1890年の宣言が美術史概説書に引かれ、ボナールやヴュイヤールらとともに世紀末に「預言者たち」を意味するNabis派を形成した、と記されている。
 そのナビ派については三菱一号館美術館での『ヴァロットン』展(2014)、『オルセーのナビ派』展(2017)ほか、パリのリュクサンブール美術館での『ナビたちと装飾』(2019)ほか、近年世界各地で様々な回顧展が目白押しである。パリのオルセー美術館でも『セリュジエの《タリスマン》』と称する企画(2019)があったばかり。だが、そうした動向に野暮を承知で疑義を呈したい。
 まず問題の《タリスマン》。ブルターニュのポン・タヴェンでポール・ゴーガンの教えを授かったポール・セリュジエが1889年にパリに持ち帰って仲間に示した「護符」と称する抽象的な小品で、アブダビのルーヴル美術館分館では北斎の《凱風快晴》通称「赤富士」と並べてケースにいれて特別陳列された。だがナビ派の結成記念の証拠物件とされるこの作品がtalismanと公称されたのは1920年代末。セリュジエ没後の追悼記事においてのこと。聖遺物認定は、ドニとその周辺による正史の格付けをめざす動向と無縁ではなかったはずである。
 そのドニはすでに1898年には《セザンヌ礼賛》と題する群像肖像を制作していた。「ナビ派」の面々が、かつてゴーガンの所有していたセザンヌの静物画の周辺に並んでいる。だがこれをセザンヌからゴーガンを経てナビ派に至る系譜の「歴史的証拠」とみるのは早計だろう。むしろこの作品は、必須の証拠物件として「構成」されたのだから。実際ドニはこの段階で、もはや世紀末象徴主義の装飾様式からは決別し、ジッドとのローマ体験を経て、古典回帰を遂げていた。ナビたちの群像が囲むセザンヌの画中画も、ナビ派の「古典的」正統性を主張する演出が要請した「小道具」に他ならない。そして「理論家」ドニの手による「ナビ派」に関する証言が公表されるのは、世紀末象徴派の一翼を担う集団が解体した後の、20世紀以降のこと。
 回顧による過去の合理化と現場の証言とは別だろう。だが熱烈なカトリックだったドニには「予兆論」を自ら実践する確固たる宗教的信念があった。イエズスの事績はすでに旧約聖書に予兆が見られる。それと同様の「合理的」解釈を自らの藝術的営為にも投影し刷新に努めること。ドニにとってそれは「理論」構築の営みと不可分だった。
 第一次世界大戦後、日本でもドニの著作が珍重される。田中喜作や黒田重太郎が翻訳・紹介の労を取った。私塾アカデミー・ランソンで日本人を含む受講生たちに作画指導するドニは、セザンヌの衣鉢を継ぐ現代の巨匠、近代仏蘭西絵画史を具現した理論家として遇された。その地中海を背景とする裸体画の複製は、雑誌『白樺』では発禁処分にも巻き込まれ、満谷国四郎のような随伴者は、自作の女性裸体に「腰巻」を施した。松方コレクションは多数のドニの作品を含むが、幸次郎の選球眼というよりは、画商の誘導に乗った「纏め買い」だろう。
 1986年開館当初のオルセー美術館では「ナビ派」は最上階の狭い一角に押し込まれた。初代館長フランソワーズ・カシャンの譲歩と妥協の産物ともされるが、それから30年、「ナビ派」の名称は、なかばドニの画策した歴史操作と共犯を犯しつつ、担当学藝員たちの尽力と、聊かならず実体不明な拡大解釈により、世界各地の展覧会史に刻まれるに至った。後年には翰林院入りを果たすドニ、裕福な顧客に恵まれたボナールやヴュイヤール、画商に婿入りしたヴァロットン……。これら多様な彼らを、なお世紀末の「ナビ派」と括るのは、妥当なのだろうか。

*日仏美術学会シンポジウム「ナビ派の現在――近年の展覧会と研究動向の回顧」2019年6月30日、東京日仏会館。当日会場で、時間不足と「忖度」から発言し損ねた「議論の余地ある」内容を、備忘録として記す。







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