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評者◆睡蓮みどり
男たちの裸体――ルイス・オルテガ監督『永遠に僕のもの』、ドメ・カルコスキ監督『トム・オブ・フィンランド』
No.3409 ・ 2019年07月27日




■先日、六本木の山崎文庫というバーで写真展が開催され、連日様々な人々と語らいワインを飲みすぎた。周りに酒飲みがいると酒が進む。とにかく何でもいいからそうやって理由をつけて飲むわけだ。本人を目の前にして一部裸の写真があるのが気まずいのか、あまり写真の感想自体を聞けなかったのが残念だが、おかげさまで幅広い話ができた。それにしても胃が以前に増して弱くなった気がする。家に帰るとばたりとベッドに倒れこみ、いつもに増して異常なくらいたくさんの夢を見た。一番よかった夢は自分自身の死体(肢体ではない)に欲情するという夢だった。夢だから美化されているというのももちろんあるのだろう(普段から自分の肉体を見て欲情するようなこともない)。
 昔から女性の裸体というものに興味があり、ゴシップ誌のグラビアも昔から好きだった。美術館などでも裸婦画はじっくりと時間をかけて見入ってしまうことが多い。エゴン・シーレの描く線が細いものが特に好きだ。男性の裸というものはどこか気恥ずかしい。滑稽というか。ミケランジェロくらいマッチョだと、その筋肉に「わあ、すごーい」という驚きと「見てしまっても良いのだろうか……」という謎の恥じらいが生じる。
 時折、プロレスを観にいくことがあるのだが、私自身には筋肉フェチ的な要素がないにもかかわらず、鍛えられた肉体を目の前にするとやはりすごい。関本大介のような、一体どう鍛えたらこうなるのか不思議なくらいの二の腕の太さや首回りの筋肉にも見入ってしまうし、飯伏幸太や竹下幸之介のような華奢に引き締まった肉体、いわゆる細マッチョ(デビューの時に比べて竹下は何回りも大きくなったが)のどちらにも惚れ惚れする。
 筋肉そのものへのフェティシズム自体はまだ未開の領域だが、フィンランドの画家、トム・オブ・フィンランドの描く絵の男たちの引き締まった肉体の美しさにははっとさせられるものがあった。本名はトウコ・ラークソネン(ペ
ッカ・ストラング)。彼の半生を描いたこの映画には、割と最初の方に映し出される数々の素晴らしい男たちの裸体をはじめ、男性ならではの美意識の世界が惜しみなく繰り広げられる。偶然の出会いから再会し、恋人となるニパ(ラウリ・ティルカネン)はどこかアラン・ドロンを彷彿とさせる美青年でもある。二人の恋の駆け引きから、辛い時代を乗り越えようと奮闘する姿は非常にロマンチックで、私のような、美しき男たちの世界を映画のなかで見ることに大いに喜びを見出す人間にとっては、非常にありがたいシーンが満載である。
 そんな観点からも満たしてくれつつも、本作は実在したトム・オブ・フィンランドが第二次世界大戦を軍人として生き抜き、同性愛者であるというだけで厳しく処罰された時代に、アーティストとして、一人の人間として、マイノリティを自覚する多くの人を筆一本で救った事実を繊細に描いている。前半はその苦悩を丁寧に描き、後半ではアメリカ進出によって彼自身も仲間を見つけ、一気にその存在が知られることとなる。どこかどんよりと曇りがかっていた画面から開放的に、映画自体のトーンも見事に変わっていくのである。
 最愛の恋人との別れ、間違った知識によりゲイがエイズウィルスの元凶とみなされ弾圧されようとした現実。今でこそ、その頃の差別意識とはまた変わりつつあるけれど、根強く自分と違う人間を差別し、無知から正義を振りかざして平気で傷つける人たちもいる。当時(そして今も)、カルチャーの最先端を生きた彼の描く男たちの画に勇気付けられた人たちがいかに多かったことか。映画のラストに出てくる彼の直球の言葉がどう響くだろうか。男性中心的なものの見方しかできない人に対して、比喩で「マッチョな思考」とか言いはするものの、筋肉に詰まった悲しみと屈しない強さに胸が熱くなる。
 ところで、トム・オブ・フィンランドが描いた画のなかには水兵さんの格好、つまりセーラー服姿の男性も多く描かれる。セーラー服といえばどうしても『べニスに死す』の金髪の美少年を思い出さずにはいられないのだけど、筋肉がたくましい男性にも人気があるというのは知らなかった。以前からしつこく述べているように、純粋に造形的な好みだけで言えば中性的な美少年が好きだ。それは誰に何を言われようとぶれることはない。そんな、セーラー服を着せてみたい、まさに夢のような少年がスクリーンのなかにまた一人登場した。サリンジャーの『フラニーとゾーイ』を彷彿とさせる、バスタブでタバコを吸う美しい少年が、何かを見据えているようで何も見ていないようにも見える、鋭くも不安定な瞳をして宙を見ている。フライヤーを見た時点でそわそわが止まらなかった『永遠に僕のもの』(原題は『EL ANGEL』だけど、この邦画のタイトル、最高にツボをついてきていると思う)の主人公カルリートス(ロレンソ・フェロ)だ。
 颯爽とレコードを盗み、欲しいものを手に入れ、何のためらいもなく人を殺す。「黒い天使」と呼ばれ、かつて実際にブエノスアイレスで起こった凶悪事件をモチーフにした本作もまた、天使のような顔をした犯罪者カルリートスと、彼が一目惚れした危険な香りのする同級生のラモン(チノ・ダリン)、二人のいちゃつきぶりが惜しみなく堪能できる。こんな言葉でまとめてしまうのはもちろん不本意だし、いわゆるBL好きの腐女子のみが喜ぶ映画にとどまらないということにはもちろん言及したい。
 萩尾望都大先生の漫画から飛び出してきたのでは? と本気で疑いそうなほどの美しい顔を持つ二人を大画面で見られる喜びというのはどうしても隠しきれない。カルリートスの、流し目の使い方、赤いパンツ、大人になりきらない少年のお腹、裸体。ラモンの力強く長いまつげ、荒々しい魅力、夢見がちな少年らしい一面。美意識の高さでいえば今の映画界でトップクラスのアルモドバルが製作に入っている。ところどころコミカルな要素も多く、ラストまで一気に天使は駆け抜けていく。音楽に酔いしれながら、カルリートスの感覚に麻痺していく楽しみは誰にも奪われたくない。
(女優・文筆家)







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