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評者◆三上治
連載(30) 知識について――現在、知識の意味や価値は混迷の中にある
No.3126 ・ 2013年09月14日




(3)思想者としての親鸞

 『最後の親鸞』の後に、吉本は親鸞や仏教についてのおびただしい考察をなし、また公表した。だから、これは親鸞の最後の考察ではなく、むしろその展開の端緒をなすものと言ってよかった。これは1960年代前半にマルクスについての考察をやったのに似ていなくはない。60年代には、マルクス主義の失効と解体の中で、マルクスの思想の救抜と反権力思想の構築が考えられていた。彼は『最後の親鸞』で何をめざしていたのか。72年の世界史的な転換と述べていたが、同時に宗教の時代も政治の時代も終わったことを認識していた。確かに、世界史の枠組みの中では依然として宗教が理念化されて存在し、他方では理念(政治)が宗教的信仰としてある。宗教も政治も終わりながら、宗教の政治化と政治の宗教化が円環をなして支配している状況がある。この枠組みを脱している存在はどこにもなく、それは思想的な可能性として考えられるだけだった。そういう存在として吉本が親鸞を見いだしていたことは確かであり、宗教者としてではなく、思想者としての親鸞がそれだったと言える。時代に抗う根底的な道を問うていたのだ。
 吉本が愛着を持ち、生涯にわたって考察し続けた対象に宮沢賢治があるが、親鸞と賢治との違いは科学的なものの介在ということである。賢治は、科学的なものと宗教的なものの双方を最後まで捨てなかったが、それは時代性ということであり、吉本もまたそうだった。科学的なものとは事物や自然を対象にした人間の意識や認識のことであるが、心的(精神的)な存在を対象とする宗教等とは異なる。別の言葉で言えば、知識とは何か、いかに生きるか、という人間の心的な存在を、かつては宗教が、現在では政治等も含めてあるということにほかならない。吉本は親鸞を通して、知識とは何か、いかに生きるべきかをあらためて問い直した。これは彼が自問し続けてきたことであり、可能な範囲でその答えを披歴したのである。多くの自問を残しながらのことである。また、それが考察を魅力的なものにしている。
 僕は先に吉本が『最後の親鸞』を書く背景として死の露出があると指摘した。70年代前半のことだが、それは権力に立ちむかった運動が外では権力との関係において必然のように敗退し、内では宗派的な抗争のうちに自己解体した時代であった。かつて「原点が存在する」と言った谷川雁は沈黙していたし、『試行』の同人であった村上一郎は三島由紀夫の後を追うように自殺をした。75年の3月も終わりのころだった。宗教も政治も解体こそが課題となる時代の光景の中で、吉本は知識やいかに生きるかから根源的に問い直そうとした。

(4)想像力豊かな『最後の親鸞』

 吉本の言葉で多くの人たちが口にしたものが多くあった。その一つが「遠くまで行くんだ」で、彼の親鸞への探索にはその趣があった。が、ここでまず問われているのは知識についてであった。
 「〈知識〉にとって最後の課題は、頂きを極め、その頂きに人を誘って蒙をひらくことではない。頂きを極め、その頂きから世界を見おろすことではない。頂きを極め、そのまま寂かに〈非知〉に向かって着地することができればというのが、およそ、どんな種類の〈知〉にとって最後の課題である」《吉本隆明『最後の親鸞』》
 人が知識を自己の中で持つことは自然過程である。誰もが免れもできないし避けることもできない。意識的であろうが無意識的であろうが関係ないことであり、人は誰もが知識の所有者であり知識人なのである。これは誰しもが大衆であり、生活者であるのと同じである。そして、知識の意味や価値は時代の文化的な様式の中にやってくるものだ。ある時代の文化的様式の中で知識は過大に評価されることもありえるし、逆にあまり評価されないこともある。
 現在は知識が特別に意識されなくなっている時代と言える。これは知識が一般化した結果であると言えるし、知識の意味や価値といったものが混迷の中にあるからだとも言える。現実の宗教や政治が混迷した状態にあることと無関係ではない。だが、知識とは何か、知識人とは何かのことではない。それに応えるだけの思想が存在しないためであるように思える。視界の閉ざされたような現状とも関係している。
 知識を持つことが自然過程であり、知識の意味や価値づけが時代の文化様式にあるなら、それに自覚的になり、疑念の中でそれを探索するのが思想である。思想は知的存在に自覚的になると共に、時代の文化様式を超えることを促すものにほかならない。なぜなら、自然過程や文化様式の中にある知は制約のあるものであり、思想はその制約を超えようとするものだからだ。
 親鸞は、20年間も比叡山に籠って仏典の研究をはじめとする修行を積んだ。彼は当時の仏教が知識の存在様式の形態である中で、その頂点を極めようとしたのだと言える。比叡山での仏教の修行に疑念を抱いた親鸞は山を降り、法然のもとに参った。この過程は彼が知識としての仏教に疑念を抱き、その存在に対象的となり、自覚的になって行なったことである。彼は法然らと共に事件に連座して配流される。親鸞は越後に流されるが、赦免後も関東地方に留まり、浄土真宗を開くことになる。
 この過程は彼が時代の仏教であった浄土教を、同時に仏教をぎりぎり解体に近づけていくことだった。親鸞の越後配流から関東地方での布教活動などについては謎が多い。親鸞は浄土門の集大成的な仕事を『教行信証』として進めながらも、それはおくびにも出さずに、捨て聖のように行動したことにより、彼の思想として残されている文献類はその影響力ということから考えればまことに少ない。何百頁かの本に収まってしまう程である。そして、親鸞の肉声とでも言うべきものは『歎異抄』等に見られるだけで多くはない。
 これらの過程を想像力豊かに追い求めているのが『最後の親鸞』である。親鸞は仏教に懐疑し、その解体的な道を歩んでいくが、それは同時に知識を懐疑し、いかに生きるべきかの問いを深めていくことでもあった。吉本は知が〈非知〉に向かう過程としてそれを見ており、「そのまま」やっているように見えると書いているが、これは吉本の提起していた大衆原像の世界への着地でもあった。70年を前後するころ、知識人と大衆の新たな関係を模索した動きがあったが、実をむすばなかった。これが知識の存在といかに生きるべきかの問いかけだったことは確かだし、吉本はそれを思想的に繰りこんでもいた。
(評論家)
(つづく)







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