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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻⑳
No.3271 ・ 2016年09月17日




■妻の代わりに市議候補に
 井筒高雄は、1995年1月~3月に神戸は長田の震災復興ボランティアで井筒陽子と知り合い、翌96年秋の辻元清美選挙の手伝いでいっそう惹かれるようになって強力にアタック、98年5月3日の憲法記念日に正式に結婚に漕ぎつけるが、そのためには、辻元の「臨時私設秘書」をしながらピースボート本部にも出入りする勝手気ままな生き方はきっぱりと捨てて、“堅気の仕事”につかねばならなかった。
 しかし、それは覚悟をしていた以上に、過酷なものだった。
 井筒が就職したのは大手飲料メーカーの系列の「天然水」販売会社で、当時「はしり」のビジネスだった。井筒の仕事は、「天然水」をオフィスに常備してもらうために飛び込みセールスをする「ウォーターレディ」と称する女性訪問販売員たちの管理である。「女性相手の仕事でモテモテだ」と思っていたのは大甘な幻想で、逆に“地獄”であることが初日で判明した。彼女たちに声をかけるにも微妙な順番があって、それを間違えると「えこひいき」だとクレームが返ってきて、チーム全体の売上をあげるのに四苦八苦させられた。
 女性とのコミュニケーションを習得するのにもっとも重要とされる時期を男子高校と自衛隊レンジャーという「男社会」で育った井筒にとって、「女性対処法」は「不得意科目」のままであったので、なおさらだった。
 また、緒についたばかりの家庭と仕事の両立にも悩まされた。
 結婚して一年もしないうちに長女が誕生したことで、できるだけ稼ぎを入れようと、がむしゃらに働いた。月によっては妻から「よく頑張ったわね」と褒められる30万円を大きく超える給与を持ち帰ったが、そのためには12時すぎまで残業をしなければならず、すると同じ妻から今度は「食器も洗わない、子どもの送り迎えもしない」と不満をぶつけられ、早くも家庭崩壊の危機にも直面した。
 身体的なものよりも精神的なストレスからだろうか、井筒は、1年もしないうちに、体中にできた正体不明の蕁麻疹に苦しめられるようになる。
 そんな夫を見て、妻の陽子も、この仕事は夫の肌に合わない、このままでは蕁麻疹はなおらないし仕事も続かない、新しい道に転身させてやったほうがいいかもしれない、と内心で思うようになったという。
 そんなところへ、井筒から正体不明の蕁麻疹を消滅させる転機がやってきた。妻の実家のある兵庫県加古川市の市会議員へのチャレンジである。
 それを持ち込んできたのは、井筒高雄とも陽子とも旧知の仲の井奥雅樹である。井奥は1965年兵庫県高砂市の生まれで、井筒より5歳上。岡山大学法学部を8年で中退した直後に、辻元清美や吉岡達也らが設立したピースボートに専従スタッフとして参加。1994年実施の地球一周クルーズの集客拠点として設立された大阪事務所立ち上げ業務に携わった。同時期に大阪事務所における最初期のボランティアから専従スタッフになった井筒陽子とは、いわば“同期生”の間柄であった。その後、井奥は、ピースボートから離れ、大学時代からつきあいのある市民グループが産み出した岡山市会議員のスタッフになった。1996年秋、衆院選挙に辻元清美が社民党から立候補すると全国の仲間とともに大阪に駆けつけた。そこで街宣車のドライバーとして駆り出された井筒高雄と出会うことになる。
 井奥は、辻元が当選すると、私設秘書の一人として、東京の国会事務所へ勤務するが、1年半ほどで地元の高砂へ帰郷して市議選に出馬、半年ほどの準備期間で、1998年9月、土井たか子の応援をうけるなどして、新人ながら32歳で上位当選を果たし、「二期目」をめざして精力的に活動中であった。
 そんな井筒夫妻にとって旧知の井奥が「転機をもたらした」のは、2001年の夏のことだったが、誤解のないように正確を期すと、当初それは陽子の「転機」となるはずだった。なぜかというと、そもそも、井奥の狙いは妻の陽子だったからだ。それが夫の高雄へと転じたのには紆余曲折のドラマがあり、以下、それを説明するためにしばらく紙幅をついやす。
 井奥は一年生議員ながら、自らが市議をつとめる高砂の隣の加古川市でも、自分と同じ行動原理を共有できる市民派の仲間をふやそうと画策していた。現在井奥は、市民運動系自治体議員の政策研究会である「虹とみどり」の幹事、「緑の党」の運営副委員長として知られているが、その行動力とコーディネーター力は、すでに“駆け出し”のころからあったとみていいだろう。
 井奥が狙いを定めた加古川市議選は2002年7月の施行予定で、選挙の1年ほど前の初夏には、井奥はある人物を口説いて出馬の許諾を得ていた。と、許諾の直後にたまたま県議の補選が行われることになったので、市議選の「予行演習」のつもりで出馬させたところ、嬉しい誤算というべきか、運命のいたずらで当選してしまった。そこで井奥は新たに市議選候補を探さねばならなくなり、彼の頭に浮かんだのが井筒陽子だった。
 陽子は尼崎の女子大を卒業するまでは加古川で育っており、井奥のみるところ、ピースボートの仕事ぶりからも十分に市議としてつとまる、むしろ県議になってしまった当初の候補者よりよほど陽子のほうが優秀で適任だった。
 さっそく井奥は陽子を口説きに上京した。しかし、陽子は辻元選挙でいやというほど体験した政治のドロドロした世界に辟易としており、言下に断わってきた。井奥は諦めずに、当人がだめなら周囲から説得させようと搦手攻略を試みたが、むしろ周囲のほうがガードがきつかった。ピースボートではいまや主力のクルーズ事業の要を担っている陽子を引き抜かれては困るからだ。
 そんななか、井奥は“隊長”というニックネームのピースボートのキーマン、本山誠から、なんとも人間くさいこんなアドバイスをうけた。
 「井筒の嫁はだめだ。うちも選挙に出られては困るし、本人も行かんだろう。だが、高雄はどうだ。なんか水を売って苦労してるみたいだし、口説いてみたらどうだ」
 「でも子供もおるし、家族みんなでこられへんやろう」と井奥が言うと、“隊長”はあっさりこう返した。「単身赴任させたらいいじゃないか」。
 そんなやりとりの中で、当初井奥の頭の中にはなかった井筒高雄が、次期加古川市会議員候補として急浮上するのだが、もちろん当人はそんなことは知る由もなかった。
(本文敬称略)
(つづく)







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