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評者◆殿島三紀
風景も重要な配役である―― 監督 マッテオ・ガローネ『ドッグマン』
No.3413 ・ 2019年08月31日




■『ブロードウェイ版 ロミオとジュリエット』『パラダイス・ネクスト』『ピータールー マンチェスターの悲劇』などを観た。
 『ブロードウェイ版 ロミオとジュリエット』。歌舞伎やオペラ舞台も映画で観ることができるが、これはそのブロードウェイ版。演出はトニー賞受賞作品『NINE』の鬼才デヴィッド・ルヴォーだ。映画で見慣れたロマンチックなバルコニーもなく、モンタギュー家とキャプレット家の敵対は白人と黒人に置き換えられているものの、これぞ世界一不運な恋人たち、ロミオとジュリエット。客席のざわめき、役者たちの汗。いながらにしてブロードウェイを満喫できる。
 『パラダイス・ネクスト』。侯孝賢、賈樟柯の映画で世界に知られる音楽家として活躍し、『雨にゆれる女』(16)で商業長編映画監督デビューを果たした半野喜弘が満を持して送る長編映画第二弾。台湾を舞台に闇の世界を生きる男たちを描き出した。音を操作することで台北、花蓮の空気感や熱気や湿気をも感じさせる。その独自の音響でアジアの巨匠たちを虜にしたのかと実感。また、台湾に行きたくなってしまった。
 『ピータールー マンチェスターの悲劇』。監督・脚本はマイク・リー。19世紀初頭ナポレオン戦争が終わったばかりの英国マンチェスターが舞台である。普通選挙を求める女性や子供も含む労働者たちの平和な集会に騎兵隊がサーベルを振り上げて斬り込み、多くの死傷者を出した英国最悪の惨劇「ピータールーの虐殺」を描いた作品だ。200年以上前の事件だが、つい最近も北京や香港で見たような気がする。あ、そういえば札幌の街頭演説会でも「安倍、辞めろ」と声を上げただけで警官に囲まれていた人を見た。既視感に溢れる作品。
 さて、今月の新作映画は『ドッグマン』である。1980年代の終わり、イタリアで実際に起きた殺人事件を題材にして、本作の脚本を書き始めたのはマッテオ・ガローネ監督。作中に登場する海辺の町は、寂れているだけではまだ物足りないのか、禍々しさすら感じさせる風情である。主人公はそんな海辺の町で「ドッグマン」という犬のトリミングサロンを営むマルチェロという貧相な男。小さな店で大好きな犬の世話をしながら、別れた妻と暮らす娘と時々会って旅行に行くのを楽しみにしている。仲間と食事をし、サッカーに興じていれば幸せだという温厚な男だ。自分の顔より大きな顔の犬も、ギャンギャン吠える凶暴な犬も彼にかかれば、気持ち良さげに身を委ね、毛を刈らせる。時折、彼の前に現れるシモーネという病的とも小児的ともいえる暴力性を持った男が気になるところだ。このシモーネ、町の住民たちにも暴力をふるい、「殺し屋を雇って殺そうか」という声すら出る男である。だが、マルチェロは日々の暮らしがこのまま続くことを望むだけの小心者で気の良い男に過ぎなかった。目の前に開いた暗くて深い不条理という井戸に落ちるまでは……。
 2008年『ゴモラ』でゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞、セザール賞の外国語映画賞にノミネートされ、イタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞7部門を受賞。さらに、『リアリティ』(12)でも同賞3部門を受賞し、両作品でカンヌ国際映画祭の審査員特別グランプリに二度輝いたマッテオ・ガローネ。
 日常を日常として生きたいと願いつつ、とんでもない結末をあえて選び出す主人公。これを不条理と呼ばずして何と呼ぶのか。昔、観たパゾリーニの『豚小屋』。あのどろどろした薄気味悪さを思い出してしまった。イタリアのような古い国は何かの拍子に地層深くに押し込められていた血塗られた情念のようなものがパゾリーニやマッテオ・ガローネのような鬼才に憑依して飛び出してくるのかもしれない。
(フリーライター)







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