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評者◆凪一木
その12 サンタローの日記
No.3413 ・ 2019年08月31日




■以前書いたIメンテという会社である。実は、このIメンテには、この業界に入る最初の面接として、私が向かっていたのである。
 五年前、二〇一四年九月八日(月曜)のことだ。
 Iメンテは、S財閥系列の会社(新宿のビルの一八階にあり、ビル全体がほぼすべてその財閥がらみの会社)である。財閥(特に不動産)の完全子会社とは違って、単なる系列で、特約店という言い方をしていた。その担当現場(ビル)には必ず、上にS不動産KKのビル管理人がいるということで、元請けにはなることができない仕組みで、昇給もなし。要は一生下請けの同じ給料。
 面接官は三〇代中ごろの男と二〇代前半の女の二人。
 男の方しか質問しない。女は隣で聞いているだけ。ならば、要らないだろう。
 「失礼ですけど、家族構成は」「妻と二人です」
 「奥様は働いておられますか」「はい」
 「正社員ですか」「そこまで答えるのでしょうか」
 「答えたくなければ答えなくて結構です」「はい」
 「奥様の給料はいくらぐらいでしょうか」「それも答えるのでしょうか」
 「答えたくなければ、結構です」
 しばらく身上調査が続き、「給料は手取りで一六~七万くらいですけど、やっていけますか?」
 「だったら、お前のところがもっとたくさん給料を払えばいいだろう」と言いそうになるのを、こらえて、「ええ、まあ」。
 何なのであろうか。この会社は。一次面接が通ったら、次は、来週に役職の第二次面接らしいが、ふざけるな、という感触だ。なぜ親の生存まで聞くのかを尋ねると、こう答えた。「親が死んだときに、休まれると皆に迷惑がかかるので」。
 もっと、さりげない聞き方ってものがあるだろう。とにかく面倒くさくない人を採ろうとしているのか、安全策のつもりが相手の粗さがしにしかならず、もっと重要なことがあると思うが、面接官はそこをまるで見ていない。
 二人組のオール夜勤で、場所は半蔵門のビル。受付と見回り、鍵など警備も行う。実はこの契約で、今同僚の別の一人が勤務していた。三か月で辞めた。S系列の割には、平成の誕生で創業は若い。しかも資本金一〇〇〇万と低い。
 たとえば、この規模(Iメンテは従業員650人)の会社では、菱サ・ビルウェア(695人)1億1000万、ザイマックスビルマネジメント(611人)1億、KK日進産業(634人)9000万などが相場だ。財閥のバックがある割には資本金が低すぎる。どこかおかしいのではないかと、この時すでに感じていた。
 親の生存の有無のほか、家は持ち家か賃貸か、家賃はいくらだ、などまで質問される。
 以上の文章を載せたのは、学校の仲間とともにやり取りしていたメーリングリストだ。
 何と、友人のサンタローもまたこのIメンテに、面接に行くことになっているという。
 以下の書き込みを書いてきた。
 〈近況です。金曜日、空求人の噂が出てるIメンテの面接に行ってきました。警備業も有るので、逮捕歴ないか?もありがちな質問かと。自衛消防は必要で取ってもらう。代金は立て替えで、一年以上勤務の場合は立て替え返済無用とのこと。夜勤一七時~八時のみの勤務で、休憩は一時間のみ。突発的な残業発生もあるとか…〉
 結局サンタローは、私同様にIメンテには採用されず、一一月に入って就職が決まった。
 〈一一月八日満身創痍のサンタローです。今週社会復帰しましたが、生きるだけで精一杯です。自分の現場ですが、肉体的にも精神的にも問題大有りの現場で、過去には二日目に逃げ出したビル管マンもいたとのことです。元国立病院の建て増し建て増しの建物、場所が複雑怪奇で、未だに理解できません。設備も老朽化著しく怖いです。自分の初出勤日には、水回りだけで一三件のクレームが入り、その度に巡回を中断して、修理に向かってました。まず肉体的な問題ですが、ボロボロです。頭は変形するほどぶつけ、膝は擦りむき、足は慣れない安全靴履きっぱなしで、足の裏の皮ベロリと剥けて、歩行困難になってます。精神的な苦痛は、複数の会社が入っていることで起きてます。
 とりあえず病院勤務は止めとけ、と言いたいです。てか、今、足の診断治療のため、御茶ノ水の病院に来てます。現場の病院は、色々とバレルのがヤバイらしく、掛からないでくれと。それでは〉
 結局、この現場も辞め、翌年二月の報告だ。
 〈二〇一五年二月一三日 近況報告です。今日一三日から仕事になりました。一二日に最終面接して、イキナリです。応募者が少なかったのか、かなり焦っているようで、健康診断のチェック、ありませんでした。しばらく日勤のあとは、一五時から二四時間勤務
 交通費は実費。ボーナス・昇級無し。研修期間二カ月は時給一〇〇〇円。Oビルファシリティーズ(大手建設系ビル管)の下請け。〉
 だが、事はそううまくはいかない。
 〈二月一八日 どうも。必ず負ける方を選ぶヤツ、サンタローです。最悪です。研修(昼勤務)二回で実戦配備です。ま、ソレはまだ良いのですが、出勤日数が酷すぎる。
 普通、「24↓明け↓公休」が基本だと思うのですが、ココは基本が、「24↓明け↓24↓明け↓24↓明け」です。三月のスケジュール、仮版の段階ですが、自分の出勤日数一五日。はーーっ!!(―Σ―#)でも、上の人間は、時給計算の君達は勤務時間増えて稼げるから嬉しいだろう?だってさ。バカか。家に寝に帰るだけ。何が楽しいんだよ。パンのみに生きてて、何が楽しいんだよ!
 「寄らば大樹の陰」と言いますが、大樹の一部でないと意味がない。寄ってるだけの企業では、全然意味がないんです…。
 滅びの美学に取り憑かれた男サンタローより。〉
 その後も書き込みが続く。
 〈二月二七日こんばんは。夜勤中にサボるサンタローです。モクさん、飲みたいですねぇ、本当に飲みたいです。ただ、休みが…(/_;)〉
 このあと、以下が最後の声となった。
 〈三月一一日二一時五四分こんばんは。大丈夫ですか?(中略)無理せずゆっくり静養してください。〉
 怪我をした友人への心配だった。
 〈二〇一五年五月九日夜分すみません、(サンタロー)五月三日突然死いたしました。
 生前、皆様にお世話になったこと、心より感謝申し上げます。
 皆様のこれからの御健勝を心よりお祈り申し上げます。
 遺族より〉
 結局友人は、別のビル管現場で亡くなった。四六歳だった。
 四月二六日に、「来週飲もう」と電話した時、パワハラの嵐の中で、現場で頭をぶつけて痛いと言っていた。それが私の聞いた最後の生の声だった。
(建築物管理)







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